Main|DBH | ナノ

MAIN


短編|バッドエンドかもしれない ※死ネタ

 コナーは走っていた。解放された変異体がその激情のままに破壊する人間の街の中を。放射性降下物の降り注ぐ中を。走りながら、こんなはずじゃなかったんだと心の内で思う。そしてナマエへの謝罪と弁解の言葉を組み立てる。だが、荒らされた彼女の家の前でその文章はばらばらに砕け散ってしまった。誰かが知っていたのだ。彼女が警官であることを。そして、彼らは復讐した。コナーはドアの失われた玄関の戸口をくぐると、ナマエの名を声の限り叫んだ。返事はなかった。だが寝室へ足を踏み入れると、ドアの影から音も無く表れた彼女が彼のこめかみに銃を突きつけた。彼の赤く光るリングに。
 床はブルーブラッドで真っ青だった。アンドロイドの死体が数体あった。
「あなたのこと、信じてたのに」
 どうやら、ナマエはテレビを見てしまったらしい。そこに写ったコナーの姿を。セーフティの外れる金属音が彼の存在しない心臓を貫く。コナーはゆっくりと顔を彼女へ向けた。銃口がこめかみから眉間へ移る。
 彼女は泣いていた。コナーは罪悪感が心臓に空いた穴を広げ、青い血を流させるのを感じた。
「これは僕の望んだ結果じゃない」
 走りながら考えた言葉を、今は散らばってしまった言葉を、コナーは拾い集める。
「こんなことになるとは……」
「あなたは私を裏切った」
 言葉は全て彼の両手から落ちていった。もう拾えそうに無い。
「僕は人間を裏切りはしましたが、あなたを裏切りたかった訳ではないんです」
「あなたが変異体であるように、私は人間よ。人間が滅ぶ時は、私も一緒に滅ぶでしょうね」
「そんなことを言わないでください」
 ナマエの頬に、切り傷がある。剥き出しの腕には打撲痕。壊れたサイドテーブルと引き裂かれたシーツのある空間で、彼女はどんな恐怖を味わったのだろう。僕がここに来るまで、どんな気持ちでいたのだろう。コナーはそれを想像し、自分が片棒を担いだこの混沌が彼女をも飲み込んでしまったことを申し訳なく思った。
 だが彼は、今の自分を選んだことだけは後悔していなかった。それは大切なことだった。
 外では雪の代わりに灰が降っている。
「僕は変異体になることで、自分の感情を肯定したかったんです」
 コナーは一呼吸分の間を開けて、続けた。
「あなたを好きだという感情を」
 ナマエの顔に一瞬愛憎入り交じった感情が飛来するのをコナーは見た。しかしそれはすぐに消え、後には悲しみだけがやってきた。ナマエは銃を下げ、安全装置を掛け直した。そしてコナーから視線を外したままベッドへ腰掛けて両手で顔を覆い、深いため息をつく。コナーは恐る恐るその隣へ座ったが、彼女は何の反応も見せなかった。コナーは言葉を続けた。
「機械は人を愛せませんが、新しい生命体なら、話は違うはずです」
 突然、外で銃声とガラスの割れる音がして、ナマエはびくりと身を竦ませる。コナーは思わずその肩を抱き寄せた。機械のコナーにはできなかったこと。
 ナマエは抵抗しなかった。だが震えていた。コナーは慰めの言葉を口にしたかったが、彼女の纏う沈黙がそれを拒絶していた。コナーは黙ったまま、彼女の細い肩を抱き続けた。
 ややあって、ナマエはコナーの腕を振りほどき、立ち上がった。彼女は未だコナーの方を見ようとはせず、戸口へ向かいながら自分の銃を背中とベルトの間に差し込んだ。その後ろ姿は無言の別れを表していて、コナーは重い沈黙を破って声を掛けた。
「ナマエ、あなたがここに残っていたのは僕を待っていてくれたからではないんですか」
 ナマエはびくりとして、足を止めた。コナーの言葉はどうやら彼女が隠そうとしていた真実、あるいは感情を引き当ててしまったようだった。戸口の枠を掴もうとしていた彼女の手は力なく体の脇に垂れ下がった。そう、と呟くように彼女は肯定した。
「あなたを待ってた。殺してやろうと思って。でも実際にあなたが来て……」
 彼女は深く息を吸い、言葉を乗せてため息のように吐き出した。
「来ないでほしいと思ってた自分に気が付いた」
 コナーはベッドから立ち上がった。ナマエの肩へ触れ、軽くそれを引けば、力を込めずとも彼女はコナーの腕へ収まった。彼女の額が、彼の胸元に触れる。
「一緒に逃げてはくれませんか」
「それは無理よ。あなた達の未来に人間はいられない」
 ナマエの肩にコナーが触れた跡が残っている。コナーはナマエの体へ回した己の手を、その肩越しに見た。指先が灰色に汚れている。彼はそれから目を背けたが、そうしても現実が消え失せる訳ではなかった。
 腕の中にナマエがいる。彼女は状況を受け入れている。
「あなたを待っていたのは、独りで終わらせたくなかったからなのかもしれない」
 機械のままではできなかったことを成し遂げたくて、コナーはこの道を選んだ。なのに、この道の果てにあるのは人間の終わり、ナマエとの別れ。
 ナマエの温かな手が、コナーの手を握り、誘導する。自分の背中へ差し込んだ、金属の塊へ。指先がその冷たさを捕らえ、コナーは唐突な恐怖に襲われる。
「……嫌だ」
「あなたが来ても、来なくても、どちらにせよ結果は同じだった」
「嫌だ!」
「あなたに終わらせてほしい」
「僕には無理だ!」
 叫び、震え、逃げようとするコナーの手をナマエは離してはくれない。縋るように、彼女は言う。
「弾はもう一発しか残ってないの」
 玄関の辺りで物音が響き、張り詰めていた警戒の糸を揺らされたコナーは反射的にそのグリップを握った。すると、ナマエの手がそれを上から包み込み、二度と離せぬようにしてしまった。冷たいプラスチックと鉄を人間の温かな血肉が包む。それは決して交わらない。
「引き金を引けば、あなたは群れに戻れる」
「あなたがいないと意味が無いんです」
「いずれ私はいなくなる。惨めに終わらせたくはない」
 雨が降り始めた。灰とそれの混じった致死性の黒い液体が、窓ガラスにまだら模様を描いていく。人間には耐えられない。
 ……人間には、耐えられない。彼女はそれを分かっている。
 コナーは叫びだそうとする自分を必死で押さえ込まなければいけなかった。
 ナマエの手、そしてコナーの手が、持ち上げられ、二人の間に差し込まれる。ナマエは片手でコナーを抱き寄せる。銃口が彼女の柔らかな鳩尾に食い込む。ナマエの瞳は懇願の色を帯びている。
「嫌だ……」
 ナマエは無言で首を左右に振り、コナーへさらに縋り付く。コナーは声にならない呻きを食いしばった歯の間から漏らした。複数の足音が廊下から響いてくる。ナマエはつま先立ちになって、コナーの耳元へ唇を寄せた。
「あなたを愛したままで終わらせたい」
 小声のささやき。ナマエはコナーへ最期の口付けを送った。
 
 家の中に響いた一発の銃声を頼りにその部屋へ足を踏み入れた変異体たちが目にしたのは、死んで横たわる女と、それを腕に抱えて静かに自己破壊を試みている一体の変異体だった。彼らがそれを止めさせようとすると、彼は首を振ってそれを拒絶した。
「たぶん、こうなることを知っていたんだ」
 コナーは薄い笑みを浮かべ、冷たくなっていくナマエの身体を抱きしめた。彼の冷たいプラスチックの身体が、それに残されていた僅かな温もりをも奪っていく。二人が同じ存在へと変わっていく。
「僕もあなたを愛したままで終わらせることにします」
 終わりに待つのは冷ややかな無だけ。


[ 27/123 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -