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短編|LOVEと愛の話

「私は愛と言う時それを心に感じるが、loveと言う時はそれを唇に感じる」
 これは確か、母国語が英語ではない妻がアメリカ人の夫に言った言葉。私はコナーを見る時に、時々この言葉を思い出す。彼女と扱う言語こそ違えども、立場はきっと同じだから。
 コナーが別の国の人のように見える時がある。彼が誰か他のアンドロイドと身体の一部を触れさせてメモリーのやり取りをしている時は特に。それを目にする度、私は彼の母国語を知らないから、私の本当の気持ちを伝えることができない、そんな気分になる。私の心から出た愛は唇でloveになる。I love you.シンプルな言葉。私はそれしか送ることができない。記憶や感情は送れない。アンドロイドのようには。
 彼は私の言葉を受け取る。それが彼の心まで降りていって、愛になるのか、私は知ることができない。私は彼の心を本当には知ることができない。それがあることは知っているのに。

 私はソファに座ってテレビを付ける。あの日を振り返るとかなんとかという理由で、一年前の変異体たちの革命の様子が流されている。今は私の知り合いでもあるマーカスとノースが並んで立つ様子。恋人同士の二人は、白い手のひらをお互いに重ね合わせる。二人が一つの意識を共有する。私は言葉を思い出す。
「どうしたんですか、浮かない顔をして」
 同居しているコナーが後ろから私の首筋に唇を押し当てたあと、私の顔を覗き込んで、言う。私が心を言語化している間に彼はソファを回り込んで、私の隣に腰を下ろす。柔らかいソファが彼の方へ沈む。私はもどかしい気持ちで言葉を紡ぐ。
「私もアンドロイドだったらよかったのに」
 私が理由を形にする間に、コナーは私の視線を辿り、テレビの中の二人を見る。それで彼には理由が分かってしまう。
「僕はあなたが人間でよかったと思っていますよ」
 私は彼のように、視線や仕草から理由を推測することはできない。私はそれを彼が言葉にして私に渡してくれるのを待たなければならない。彼は言う。
「一瞬で全てが分かってしまうのは、味気ないと思いませんか」
 コナーは私の手を優しく握る。私の肌色の手。白くはならない手を。
「僕はこうしてあなたと会話するのが好きです。それが長ければ長いほどいい」
「でも、私の心を全て知りたくない?」
 コナーは困ったような微笑みを見せて、私の言葉を否定する。
「もしもあなたの心の中に、過去の記憶の中に、僕以外の誰かの痕跡があったら、僕は嫌だ。あなたがそれを見せないでいる限り、僕はそれを見たくない」
 それに、と彼は続ける。
「必要なことは教えてくれると分かっていますから。あなたが僕に教えたくないことを無理に知りたいとも思いませんし」
「信頼してくれてるのね」
「ええ」
 コナーは握っていた手を解くと、私の肩に腕を回した。身体がぐいと、彼の方へ引き寄せられる。
「あなたはどうなんですか?」
 耳元で囁かれた言葉に、私は頷く。
「私は時々、あなたの全てを知りたくなる。あなたを信頼してるのに」
「僕は全てを教えてしまいたくはないですね」
 その言葉に私は少し傷付くが、彼が私の反応を伺っていることに気が付き、言葉の続きを待つ。
「僕が時々どんなに嫉妬深くなるかあなたには知らないでいてほしい。僕がどんな酷いことを考えるか。僕はあなたの前ではいつも“素敵なコナー”や“優しいコナー”でありたいんです。あなたがいつもそう言ってくださるように」
「あなたが嫉妬するなんて知らなかった」
「僕はいつも努力して取り繕っているんです。あなたのために。それを暴こうとしないでくださいよ」
 冗談めかして彼は言うが、そのブラウンの瞳は真面目な色を湛えている。
「私が完璧じゃ無いコナーを見るには、どうしたらいいの?」
「あなたが完璧ではないところを見せてください」
「私はいつだって完璧じゃない」
「僕にはそうは見えない」
 それなら、彼が完璧ではないところを見せても、私にはそうと分からないのだろう。
 コナーは私の肩に乗せた手で、私の髪を弄んでいる。それが視界の端にちらちらと映る。私は彼の肩口に頭を乗せ、彼の腕を軽く抱きしめる。彼の唇が動いて、彼の心を伝える。
「気持ちを伝えるのは言葉だけではないでしょう」
 その言葉でようやく、私は彼が一連の動作で愛を伝えようとしてくれていたことを知る。私は言葉で再構築された以外の形の愛を得る。愛が私たちの腕を動かし、瞳を動かし、そして唇を動かす力の正体なのだと知る。
 私たちは唇を重ね、人間もアンドロイドも変わらぬ愛の伝え方を実践する。心の中の愛がloveに変わる前に相手の中へ消えていくのを感じる。


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