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短編|別に早く帰る理由もないコナー

 彼女とはあまり面識がなかったが、コナーは車の中に彼女と二人きりだった。その車は普通車に偽装したパトカーで、二人は、見張っているターゲットに容疑者が接触しに来るのを待っていた。
「早く帰りたい」
 と、運転席に座るナマエが言った。彼女はテイクアウトした安い中華料理をつまらなさそうに食べていた。ターゲットに動きはなく、朝の早くから張り込んでいたナマエはこの停滞した状態に飽き飽きしていた。
「待ち続ける他に、方法はありませんよ」
 その正論も、ナマエにはつまらない物のようだった。彼女は繰り返した。
「帰りたい」
 彼女は、出会った当初のハンクよりは扱いやすい人物ではあった。だが、いわゆる血気盛んなタイプのようで、こういった地味な任務には愚痴をこぼす傾向にあるようだとコナーは分析していた。そして彼が冷静にそれを指摘すると、不快感を覚えるタイプだということも。なので、コナーはいつも言葉を選びつつ、彼女を諫めていた。
 コナーはナマエを理解するよう努力していた。例え彼女の方はそうでなくとも。

「なぜそんなに、早く帰りたいのですか?」
 コナーの質問にナマエは箸を置き、人差し指をぴんと立てて見せた。
「その一、この任務がつまらないから」
 続けて、中指も立てる。
「その二、車の中で夕食まで食べるはめになりたくないから」
 そして最後に、薬指を立てた。
「その三、早く帰って何か楽しいことをしたいから。仕事以外の」
 ナマエが挙げて見せた理由の中に、自分といるのが苦痛だからというものがないことに、コナーは少し安堵した。
「そういうものなのですか」
 コナーのぼんやりとした返事に、ナマエは分かってないなとでも言いたげな表情を浮かべた。
「あなたは早く帰りたいとか、思ったことないの」
「僕はいつも任務に集中していますので」
 事実を述べたつもりだったが、ナマエはそれを皮肉として受け取った様子だった。少し片眉を跳ね上げて見せた彼女に、コナーは慌てて言葉を付け足す。
「僕は、任務を終えた後にやることもありませんので」
 ナマエは不思議そうに目をしばたいた。
「確かに、あなたっていつも遅くまで署に残ってるよね。何時に帰ってるの?」
「帰りませんよ。僕はいつも署で待機しているんです」
 コナーのその淡々とした言葉に、ナマエは目を丸くして絶句した。しかし目前にいるのがアンドロイドだということを改めて思い出したのか、彼女の気持ちは同情と納得の間で揺れ動いているようだった。
「その……自由な時間とかないの?」
「一応はありますが、無くても大した変わりはないでしょうね。現時点で、僕はそれを持て余していますし」
「そうなんだ……」
 少し気落ちしたような返事をし、ナマエは腕を組んだ。暫く沈黙が続いた。どうやらナマエは、外のターゲットを眺めながら何かを考えている様子だった。
「よかったら、なんだけど」
 と、不意にナマエが切り出した。彼女はどこか発言をためらうかのように居住まいを正した。
「これが片付いたら、一緒に出かけない?」
 質問の意図が掴めず、コナーは首を傾げた。そんな彼に、ナマエは話を続ける。
「なにかその……楽しみでも探しに」
「楽しみ、ですか?」
「そう」
 ナマエは頷き、微笑を浮かべた。それには少しはにかむような雰囲気があった。
「そしたら私が早く帰りたくなる理由も分かるだろうし、あなたも自由な時間にやることがなにか見つかるんじゃない?」
 その発言でコナーが知ったのは、どうやら彼女の方も、彼女なりのやり方で、コナーを理解しようとしているようだということだった。
「いいのですか?あなたの大事な時間を僕に消費してしまっても」
 ナマエは、ふふと声を上げて笑った。
「大事だからあなたに使うの」
 笑いを含んだその言葉は、それが本心なのか、冗談なのかを覆い隠していた。コナーはそれを見極めたくなり、尋ねようと口を開いたものの、すぐにまた閉じた。窓の外へ再び視線を送っていたナマエの顔にさっと緊張が走ったからだ。コナーも同じように外を見れば、二人がずっと待っていた件の容疑者が姿を現したところだった。

 荒事の好きな彼女は、にわかに活気を取り戻したようだった。装備を確認し、音を立ててドアを開ける。
「約束だからね」
 一瞬だけ振り返って念を押すかのようにナマエはそう言い、口角をにっと持ち上げて見せた。コナーはそんなナマエに続いて車を降りながら、その約束を少し楽しみに感じ、早く帰りたいと思ってしまっている自分に気が付いたのだった。


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