Main|DBH | ナノ

MAIN


短編|コナーとアイスの話

!attention!
長編1を読んだ方は、一代目コナーとの話だと思って下さい。
読んでいない方へ:ゲーム本編前、コナーはサイバーライフで配備前の研修中。ナマエはデトロイト市警から派遣された教官だという設定です。

 ナマエの車で現場から帰る途中のことだった。公園脇の赤信号に捕まった二人は、車内に流れる穏やかな空気を楽しんでいた。コナーは窓の外に興味があるようで、楽しげに眺めている。
「ミョウジ教官、そこの公園を少し歩きませんか?」
「いいの?サイバーライフの規定から外れちゃうけど」
 突然の意外な提案にナマエは目を丸くしたが、彼と同じように公園へ目をやればそこは活気に満ちていて、彼女にもその空気を味わってみたいという気を起こさせるには十分だった。
「本社に先ほどの研修の報告は済ませましたし、この後の予定は特に定められてはいません。それに、外はよく晴れています」
 そこでコナーは言葉を切り、何か理由を探すような間が生まれた。
「……ビタミンDの形成にいいのでは?」
 その無理矢理こじつけたような理由に、ナマエは思わず笑ってしまった。
「そうね、ビタミンは大事ね」
 ナマエは速度を落とし、車を公園脇に寄せた。

 夏も終わりがけだというのに、その日はとても暑かった。涼しい車内から出たナマエは、数分で汗だくになったが、横を歩くコナーは長袖の上着を身に纏っているにも関わらず平然としている。ナマエはそこにアンドロイドと人間の埋められない差を感じたが、ただそれを羨ましいと思っただけだった。
「暑そうですね」
「すっごく」
 ナマエは汗を拭った。
「太陽に肌を焼かれるというのはどんな感覚なんですか?痛いですか?」
 真面目な顔をしてそう尋ねてくるコナーに、ナマエは苦笑した。
「日を浴びすぎたら、後で痛くなるかもね」
「……車に戻りますか?」
 コナーはまだ、人間というものを理解していないらしい。こうして時々急に過保護な面を見せる彼に、ナマエは愛おしさ感じずにはいられなかった。
「せっかく来たのに、もう帰るの?私は大丈夫。まあ、シミはできるかもしれないけど」
 困ったように眉尻を下げてしまったコナーにナマエは笑いかけてその手を取り、公園の中へ引っ張って行った。

 手は握られたままだった。二人は木漏れ日の下を歩きながら、様々なことを話した。
「ミョウジ教官は」
 ナマエへ顔を向け、反射する日のまぶしさに少し目を細めながら、コナーが口を開く。
「デトロイト警察に早く戻りたいとお考えですか?」
 唐突なその質問に、ナマエは首を傾げた。
「まあ、少しは。目を離せない人が一人いるからね……どうしてそんなこと聞くの?」
「先ほどの現場で会った同僚の方と、その、楽しげでしたので」
 視線を逸らし、どこか歯切れの悪い感じでコナーはそう言った。ナマエは微笑む。
「職場に復帰する時は、コナー、あなたも連れて行きたいと思ってるよ」
「そうなんですか?」
 顔を上げたコナーの声の調子は平時と変わらなかったが、その響きにはどこか驚きと喜びが含まれているように感じられた。ナマエは頷いた。
「もちろん」
「優秀な捜査官になれるよう努力します」
「期待してる」
 ナマエが笑いかければ、コナーも控えめな微笑を返してきた。

「ミョウジ教官、そこにアイスの売店が」
 コナーが指さす先には、ポップな色合いのフードトラックが止まっていて、その周りはアイスを食べる人々で賑わっていた。ナマエはコナーを見上げ、言葉の意味を探ろうとした。彼はアイスを食べられないはずだ。
「食べてみて下さいませんか」
 奇妙なお願いに、ナマエは疑問符を浮かべた。それを見て取ったコナーが慌てて理由を付け足す。
「冷たいものを経口摂取した人間の体温変化を記録してみたいんです」
 知的好奇心の塊のような発言だった。コナーは誰とも比べることのできない存在であり、ナマエにはその発言が冗談などではなく、本心から発せられたものなのか判別がつかなかった。それに、最近の彼はこういった理由を挙げればナマエが反対しないことを学びつつあるように思えた。
「あんまりそういう気分じゃ……」
「冷たいものを摂取すれば、体温が下がって、暑さも緩和されますよ」
「それはまあ、そうだね」
 渋るナマエを残して、コナーは看板のメニューを眺め始めた。
「ミョウジ教官はチョコレートがお好きでしたよね?チョコレート味のソフトクリームがありますよ。バニラ味と組み合わせることも可能だそうです」
 その、意地でもナマエにアイスを食べさせようとするコナーの姿勢にナマエは負けて、小銭を取り出し、チョコとバニラのミックスソフトを一つ買った。

 コナーはにこにこしながら、ナマエがカップからアイスを掬い、口へ運ぶのを見つめていた。ナマエは若干居心地の悪さを覚えながらも、その機嫌の良さそうな様子に、まあいいかと雰囲気に流されることに決めた。
 時間と共に日差しが和らいできたのもあって、車内に戻る頃には、ナマエは少しの肌寒さを覚えるほど冷え切っていた。日光を吸収して熱された車内が、今だけはありがたく思われる。ナマエは熱いシートに身を預け、助手席に乗り込んだコナーに微笑みを投げかけた。
「楽しかったね」
「そうですね」
 弾んだ声の返事に、ナマエは満足し、シートベルトを締めようとした。しかし、横から伸びてきたコナーの手にそれを遮られる。
「コナー?」
 その行為を不思議に思ったナマエが横を振り向けば、真面目な顔つきのコナーがナマエの方へ身を乗り出していた。そして彼はナマエに顔を近づけた。唇が重なる。
 ナマエは混乱した。理由が分からなかった。だが彼を押し返す気にはならなかった。押し当てられた人間のように柔らかく暖かな唇に、抗う気持ちなど微塵も沸いてこなかった。
 暫く経って、唇を離したコナーはばつの悪そうな顔をしていた。こめかみのリングが黄色く光る。
「すみません、こんなことをして」
 ナマエが答えないでいると、コナーは視線を下に逸らし、もう一度「すみません」と小さな声で呟いた。
「急にどうしたの」
 ナマエは自分の頬が熱くなっているのを感じつつも、それを意識しないように努めながらそう尋ねた。コナーは叱られた犬のように目を伏せつつ答えた。
「あなたの唇が低温になっていると思ったんです。それで、温めたいと思い」
 ちら、とコナーが顔色を伺ってくるのがナマエには分かった。コナーはすまなそうに言葉を続けた。
「突発的にこんなことをしてしまってすみません。何か、エラーが生じたようです」
 そう言って俯く彼はそのエラーの原因を探っているのだろう。LEDのリングはまだ黄色いままだった。
「……エラーじゃないよ」
 実際は本当にエラーだったのかもしれない。でもナマエはそれを、コナーの感情を、そんなものにして消してしまいたくはなかった。
「エラーじゃないから、消さないで」
 ナマエの言葉に、コナーは顔を上げた。不思議そうな、困ったような表情だ。ナマエは再び彼のことを愛おしく思った。
「温めてくれてありがとう」
 微笑みを添えてそう言えば、コナーの顔に安堵が広がった。

「でも」
 車を発進させながらナマエは言う。
「次から不意打ちは止めてね、驚くから」
「次があるんですか?」
 不思議そうに返された言葉に、ナマエは自分は一人で思い上がっていたのかと思い、再び恥ずかしさに顔を赤く染めた。彼はただ純粋に唇を温めたかっただけなのだろうか、唇を重ねる意味を知らないのだろうか、と。
 車内の空気は気まずいものへと変化していた。その中で、コナーが口を開く。
「次があるのでしたら、次は……理由も無く、してもいいでしょうか」
 今度はナマエがコナーの表情を盗み見る番だった。横目で見た彼の顔はとても人間味に満ちていて、一言で言うのならそれは、恥ずかしそうだった。
「……いいよ」
「今しても?」
 ちょうど車は赤信号に引っかかったところだった。ナマエは頷き、コナーの方へ顔を向けた。コナーは運転席と助手席の間のセンターコンソールに置かれたナマエの手に自分の手を重ねると、ただ、したかったからという理由で彼女にキスをした。


[ 20/123 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -