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短編|コナーのポケットの話
ナマエはコナーのポケットの膨らみが気になっていた。彼女の記憶によれば、それはかなり前から何らかの物を中に包み込んでいることを表していた。それも、そこそこの量。それを毎日眺めるうちに、ナマエはとうとう好奇心に負けてしまった。
「コナー、差し支えなければなんだけど、そのポケットの中、何が入ってるの」
ナマエの質問に、コナーはキョトンと不思議そうな表情を見せたが、「あなたの興味を惹くような物は何もないですよ」と言いつつ、その中の物を一つずつ取り出して見せた。
まず、一つ目。付箋だ。『私のデスクの引出し、二番目に仕舞っておいて』と走り書きがしてある。それはナマエが書いたものだった。何を彼に貸した時だったか、彼がその場にいなかったために、そう書いて貼っておいたのだった。
次に出てきたのは雑誌の切り抜き。これにもナマエは心当たりがあった。私服のセンスがあまり良くない彼に、これとか似合うんじゃないと渡したものだった。
その次は丁寧に折り畳まれたペーパーナプキン。近くのチェーン店のロゴが入ったそれを広げると、以前ナマエがそこに描いた絵が現れた。いつだったか、コナーと一緒に入ったその店で、会話をしつつそれに添える形で描いたものだった。
カラフルなキャンディの包み紙も出てきた。それは外側の包装紙で、幸いなことにキャンディのかけらは付着していなかった。包み紙にならんだ花柄が、ひとつだけハート型になっている。確か、「これを持ってると幸運になるんだって」と冗談めかして言ったような覚えがある。それは彼女が学生の時に流行ったジンクスだった。
思い返してみれば、ナマエはコナーがそれをポケットへ仕舞うのをその時見ていたのだった。
「……これ捨てといてねって言わなかったっけ?」
「命令は受理されませんでした」
悪びれる様子もなくそう返すコナーのポケットからは他にも沢山出てきそうだったが、もう十分だと思ったナマエは片手でそれを制した。
「汚いものとか入ってないでしょうね」
「衛生的かつ保存可能なものが入っています」
「……なんで集めてるの?」
コナーにはストーカーの気質があるのではないかとナマエは思いつつあった。
「僕の私物だからです」
そう言う彼の声、表情はまるで自慢をする子供の様に輝いていて、ナマエは頬杖を付いてそれを眺めつつも考えを改めた。自分の物ができて、純粋に嬉しかったんだな、と。
「ポケットより引出しに入れとく方がいいんじゃない?」
それらの私物が、じきにポケットの許容範囲を越えて行くことを見越してナマエはそう提案したのだが、それに対してコナーは悲しげに首を横に振った。
「以前はそうしていたのですが、アンドロイドの清掃員に処分されてしまいまして」
そういえば一時期コナーが落ち込んでいたが、もしかして理由はこれか、とナマエは思った。次いで彼らについて考える。新しいアンドロイド達は変異体を同じアンドロイドとして扱う。そしてアンドロイドに“私物”などは存在しない。
コナーが自分の物を持てるというのはいいことだ。それが何であれ。とナマエは思った。
翌日。コナーとハンクが担当事件について話し合っているところに、得意気な様子のナマエが現れた。
「おはようございます、ナマエ」
「なんでニヤニヤしてるんだ」
ハンクの問い掛けに、ナマエは一層笑みを深くして、背後に隠し持っていたそれを二人に見せた。
「いつも頑張ってるコナー君にプレゼントです」
そのブラックの小振りなスリングバッグは、昨日の帰路でナマエが悩みに悩んで購入したものだった。ナマエはそれをコナーに渡しつつ、彼の反応を伺わずにはいられなかった。彼女的に色は彼の制服に似合う物を選んだつもりだったし、機能性も高い。素材も安っぽく見えない物を選んだつもりだった。
だが一番肝心なのはコナーが気に入るかどうかだった。ナマエは付け加えた。
「その……収納にいいかと思って」
コナーはフリーズしているように見えた。こめかみのリングは黄色で、回り続けていた。
「おい、良かったなコナー」
ハンクに小突かれて、コナーはようやく復旧したようだった。
コナーは表現として出力できないほど喜んでいた。バッグを貰ったことだけにではない。コナーは自分が大切にしている物がいわゆる“ゴミ”であることを知っていた。だがナマエはそれを批判するのではなく、許容した。コナーと価値観を共有することを選んだのだ。コナーにとってはそのことが何よりも喜ばしかった。
「ありがとうございます!」
その大声に、ナマエとハンクは思わず苦笑した。
「大切に保管します!」
「保管って……良かったら使ってほしいんだけど」
ナマエの言葉にコナーは「そうですね!」と元気のいい返事をして、ポケットの内容物をバッグへ移し替えた。
「これも入れとけ」
横からハンクが証拠品を入れるビニール袋や手袋を手渡すとコナーは機嫌よくそれらも中へ入れる。
「ならこれも。あると便利だよ」
と、ナマエはハンカチとソーイングセットを渡した。
「こいつにはこっちの方がいいんじゃないか」
そう言いつつハンクが取り出したのは薄く小さな工具入れだった。見れば中には数種類のマイナスドライバーやプラスドライバーが並んでいる。
「確かに。あとこれとか」
コナーに渡した物たちに私物のマルチツールナイフを付け加えたナマエはそこでようやくそれらがかなりの質量となってバッグの中を圧迫していることに気が付いた。
「あ、ごめん。これじゃあコナーの物が入らないね」
本末転倒だ、と言いながらそれらを元へ戻そうとするナマエをコナーは遮った。そして満足げな様子でバッグのファスナーを閉める。
「ナマエ、ハンク。ありがとうございます」
その顔は心の底から嬉しそうで、ナマエも釣られて微笑んだ。
「そのうち、もっと大きいバッグ買いに行こっか」
「あんまりそいつを甘やかすなよ」
横からハンクに釘を刺されつつも、ナマエとコナーは短い視線のやりとりでその約束を交わしたのだった。
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