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08

「お嬢ちゃんには刺激が強すぎるんじゃないのか?」
 嘲笑するかのように語尾を伸ばしてそう絡んでくるギャビンに、ナマエは露骨に嫌な顔をした。そのエデンクラブの小部屋の入り口でベンからギャビンがいるとは聞いていたし、身構えてもいたが、やはり顔を合わせるのは相当ストレスが溜まる。ナマエはからかいの言葉を並べ続けるギャビンを完全に無視して、ベッドの遺体を調べるコナーの側へ行こうとした。が、その前にギャビンが立ちふさがる。
「それとも、あれか?ここに来たことあるってか?」
 その不名誉な決めつけには、流石のナマエも腹が立った。
「ないに決まってるでしょう」
 やっと返ってきた反応に、ギャビンは調子付いた。わざとらしく手を打って、コナーを指さす。
「ああそうか!お前にはこのプラスチック野郎がいたもんなあ。そっちの相手もしてもらってるんだろ?」
 ギャビンにとってこの台詞は、アンドロイドにしか相手をしてもらえないのだろうという嘲りの意を込めた侮辱だった。そして彼の思惑通り、ナマエの顔にさっと赤みが差す。だがそれは怒りというよりはどこか狼狽のような。
「わ、わたしは……そんな、」
 視線を泳がせるナマエに、なんか期待してた反応と違う、とギャビンが思うより早く、コナーが口を挟んだ。
「リード刑事。ミョウジ刑事に対してあまりにも失礼な発言です」
「黙れ、クソプラスチック」
 コナーのそのもっともな発言が気に障ったらしいギャビンは食ってかかるが、コナーは落ち着いた態度を崩そうとはしない。
「これ以上、ミョウジ刑事を侮辱するのなら、私にも考えがあります」
「お?なんだ?やろうってのか」
 拳を握り、構えてみせるギャビンに対して、コナーは手を出そうとはしないながらも、どこか攻撃的な雰囲気を漂わせている。ナマエはそんなコナーに戸惑いつつも、もしも本当にギャビンが殴りかかってきたら、私が日頃の不満も込めて一発お見舞いしてやろうと密かに拳を固めた。しかし、ベンから状況を聞き終わったらしいハンクが部屋に入ってきてその一触即発な雰囲気を打ち砕いた。
「おい、お前ら現場でなにやってんだ」
 ギャビンはハンクを見てつまらそうに舌打ちをする。三対一では自分に勝ち目が無いことは流石に分かるのか、とナマエは心の中で思う。
「酒くせーやつが来やがったな」
 渋々といった様子で腕を下げ、ギャビンは出入り口へと歩き出す。もちろん、捨て台詞も忘れずに。
「そうやってアンドロイドでも侍らしとけ」
 ナマエとハンクは黙ってその後ろ姿にファックサインを送った。

「コナー、その、かばってくれてありがとう」
 コナーの横に並んだナマエが、つま先立ちになって、そう耳打ちをする。
「自分のパートナーを侮辱されて、腹の立たない人はいませんよ」
 同じようにナマエの耳元でそう言ってみれば、彼女はきょとんとした表情を見せた。
「パートナー?」
「あ、いえ、仲間という意味です。ハンクを含めての、私のパートナー、です」
 顔は平然としているのに、言っていることがどこかしどろもどろなコナーに、ナマエは微笑みを返す。
「とにかく、嬉しかったよ。でも、私にも考えが、ってどんな考えがあったの?」
「それはただ、僕がギャビンの標的になることであなたから気を逸らせようと思って言ったんです」
 ナマエの表情が曇る。
「そういうのは、どうかと思うな。自分をないがしろにしないでほしい」
「ないがしろに?僕が?」
 心底不思議そうにそう問い返してくるコナーに、ナマエは呆れや落胆ではなく、同情と悲しみを見せた。彼女はコナーのシリウムポンプがあるあたりを軽く小突いて言う。
「体は痛くなくても、心は痛みを感じるでしょう」
 コナーはナマエに頬を叩かれた時のことを思い出し、思わず自身の頬に触れた。あの時は彼女が何を言っているのか分からなかったが、今なら理解できるような気がする。自分を軽んじるようなことは止めろと、あの時から彼女は言っていてくれていたのだ。
「なに間抜けな面してんだ、仕事しろ」
 ハンクにばしりと背を叩かれ、まったくそんな表情を浮かべている自覚のなかったコナーは、驚いて目を瞬いた。

 部屋にいたもう一体のアンドロイドがどうやら加害者らしいという目星をつけたコナーは、なにか手がかりはないかと辺りを見渡した。プライバシーに配慮するという名目で、防犯カメラの取り付けられていないこの店で、それの代わりを果たす物……。コナーは壁面に並ぶ筒状のガラス内に佇むアンドロイドたちに目を付けた。彼らならば何か見ているに違いない。
 しかし彼らをそこから出すには指紋認証が必要で、コナーはハンクへ視線を送った。だがハンクは店長への事情聴取に勤しんでおり、一方でナマエはベンから報告という名の世間話を持ちかけられている。手が空いているという言葉が適応されそうなのは当然ナマエの方で、コナーはナマエの手を引いて、壁面の認証システムの前へ連れて行った。
「ナマエ、彼女をレンタルして下さい」
 突然連れてこられて、そんなことを告げられたナマエは、コナーとガラスの向こうのアンドロイドを交互に見た。
「お願いします」
 コナーがそう付け加えると、ナマエは何か言いたげに口を開閉させたが、結局何も言わずに、自身の指紋を認証させた。ガラス戸が開き、出てきたアンドロイドが誘惑の笑みをナマエに投げかける。
「選んでくれてありがとう」
「いや、その、私じゃなくて彼がね」
 さっとコナーの後ろに隠れるナマエに、アンドロイドは怪訝そうな目を向ける。
「それでどうするのよ、コナー。私ヘテロなんだけど」
 ナマエの困惑を含んだ恨み節を背中に受けながら、コナーはアンドロイドの腕を掴む。触れあったそばから肌を表していた流動性化合物が捌けていき、白い素体が剥き出しになった。そしてコナーはアンドロイドのメモリへアクセスし、視覚データを確認する。ナマエはなぜかそれを見ていたくなくて、顔を背けた。
「彼女は見ていたんです!」
 数秒の沈黙の後の、コナーのその突然の大声にナマエはびくりと体を揺らした。コナーは言葉を続ける。
「変異体は部屋を出たんです……他の目撃者を探さなければ」
 そう言って勢い込み、今にも歩きだそうとするコナーの袖を、ナマエは引っ張った。
「彼女はどうするの!?」
「キャンセルして下さい」
 そのあっさりとした物言いに安堵の気持ちを覚えたナマエは、そんな自分に呆れた。いくら感情豊かになろうと、彼が仕事中に無駄な行動をする人ではないことぐらい、自分が一番よく知っているはずなのに。ナマエは、次の目撃者を探して奔走するコナーの元へ急ごうと足を向けた。しかし、その手をレンタルしたアンドロイドが掴んで離そうとしない。
「ご、ごめん、私はその、彼がいるから、いや、そういう意味じゃないんだけど、でも」
 思わずたじたじになるナマエはその性分ゆえに非の無い相手を明確に拒否することができない。しかしアンドロイドの方も明確な拒否の言葉がなければ元の場所へ帰ることが許されていなかった。ナマエは徐々にだが個室へと引きずられていく。
「あなたのレンタルをキャンセルします。彼女は私の連れなので」
 いつの間にか戻ってきていたらしいコナーが、ナマエのもう片方の腕を取って、アンドロイドにそう告げる。同じアンドロイドからの命令は受け付けていない彼女だったが、人間であるナマエがその言葉に同意の頷きを見せていることから判断して、キャンセルを受け入れた。
「はっきり言わないとだめですよ」
 解放された喜びに力の抜けたナマエをしっかりと立たせながら、コナーはそんなことを言う。
「ありがと」
 なんだか腑に落ちないながらも一応感謝の言葉を口にしたナマエを、コナーは再び引っ張る。
「さあ、次は彼をレンタルして下さい!」
 ああーとナマエは濁ったうめき声を上げたが、されるがままにその次のアンドロイドの前まで連れて行かれ、コナーに握られたままの手を認証システムへと伸ばす。しかし、今度はハンクという存在がナマエを助けた。
「おい、なにナマエに男買わせようとしてんだ!」
 経緯を知らないハンクがコナーからナマエの手を引ったくる。しかしコナーはすっと素早くハンクの空いている方の手を取ると、認証システムへ押し当てた。今度は男性型のアンドロイドが柔和な笑みをハンクへ向けながら出てきた。
「コナー!お前な!」
「捜査のためです」
 澄ました顔でそう言うコナーに、ナマエはそんな場合ではないことを承知しつつも、笑いを抑えることができなかったのだった。


 ナマエは床に突っ伏していた。ハンクもそのすぐそばで伸びている。“人間を傷つけるな”という規則から解放されたアンドロイドは、当然、手加減などしてはくれない。その上、痛みも感じないし、急所なども存在しない。対アンドロイド用の格闘術を警察学校で教えるべきだな、などと思いながら、ナマエは痛む体を持ち上げた。そして二人のアンドロイドに苦戦しているコナーの元へにじり寄る。
 コナーは壁に押しつけられていた。青い髪のアンドロイドがその首を締め上げる。人間のように呼吸を必要としない彼らだが、首は重要な回路が走っている場所であり、破壊されればシャットダウンを余儀なくされる。コナーはもがきつつも死の可能性が迫っているのを感じた。
「私に彼女を撃たせないで」
 二人のアンドロイドは、自身と同等の脅威であるコナーに気を取られていたせいで、彼女が意識を取り戻したことに気が付かなかった。オレンジの髪のアンドロイドは後ろから後頭部に銃を突きつけられ、ゆっくりと手を上げる。
「トレイシー、ごめんなさい」
 彼女のその声に、トレイシーと呼ばれた青い髪のアンドロイドはコナーからぱっと手を離す。地面に倒れたコナーは首元に手をやり、破損箇所がないかを確認した。
 ナマエは銃を構えたまま、トレイシーにコナーから離れてこちらへ来るよう指示した。その歩み寄る彼女がオレンジのアンドロイドに少し頷くような仕草を見せる。しまったとコナーが思った時にはもう遅かった。無線でやり取りしていたらしい二体のアンドロイドは息の合った動きでナマエを投げ飛ばす。トリガーに指すら掛けていなかった彼女は、発砲する機会を完全に逃したあげく、スチールラックへ強かに体をぶつけた。しかし今度は素早く立ち直り、再び不利な戦いを強いられているコナーの援護を果たそうと銃を構え直す。
 しかし今回は状況が大きく変わっていた。トレイシーがコナーへ銃を向けている。おそらくそれは未だ気絶しているハンクの物だ。場の主導権を握ったトレイシーが威圧的に言う。
「銃を捨てなさい、人間」
 ナマエはためらわず銃を捨てたが、なぜかそう命じた本人であるトレイシーはそれに驚いている様子だった。
「すみません、ナマエ。僕のせいで……」
 LEDを赤く光らせ、うなだれるコナーに、ナマエは弱々しいながらも笑みを送る。
「死ぬよりましよ」
 二人のアンドロイドは寄り添い、しかしコナーに銃口は向けたままだ。なにか自分にできることはないかと痛む体を庇いながら辺りを見渡すナマエだったが、彼女が動こうとする度に、銃がコナーのこめかみへ押し当てられた。
 その膠着状態を打ち破ったのはハンクだった。いつの間にか回復していた彼は、ナマエとコナーへ意識を向けているアンドロイドの死角へ気配を殺して回り込み、完全な不意打ちを果たしたのだった。
 今度はハンクとアンドロイドたちがもみ合いを始めた。コナーがそれに加勢し、トレイシーの手から銃をむしり取る。立場が逆転した。
 
 雨が降っている。二人のアンドロイドは手を繋いで、向けられた銃口を見ている。トレイシーが半歩進み出た。まるで自らを弾よけにするかのように。しかし、もう一人の方はそれを許さず、彼女の隣へ並び立つ。トレイシーは観念した様子でそれを受け入れ、二人は身を寄せ合った。
 羨ましい、とコナーは思った。目前の二人は、お互いになくてはならない存在として、ここにいる。相手の存在がそのまま自身の存在を肯定しているのだ。僕にそれを壊す権利があるのだろうか、という疑問は彼に銃を下げさせた。ナマエがそれを肯定するかのように、コナーの肩へ優しく手を置く。ハンクも思うことは同じらしく、何も言わずにその選択を受け入れた。
「あなたたちは、愛し合ってるのね」
 ナマエの問いかけに、二人はそろって頷いた。トレイシーが口を開く。
「私はこの子を愛してる。どんなに記憶を消されたって、この感情だけは失わないわ」
 そう言って、トレイシーは恋人を抱きしめた。
「あの男を殺したのは、生きてこの子のところに戻るため。私たちにあるのは、お互いへの愛と、命だけ。それを守りたいだけなの」
 もう行こう、とオレンジの髪の彼女が急かす。トレイシーはそれに頷いて見せ、ちらりとコナーへ視線を送ってから、一言だけを無線で言い残して暗い雨の中へ消えた。
『あなたも分かるはずよ』
 理解してはいけない言葉だった。トレイシーはこの短時間で、彼が何であるのかを見破っていた。コナーのこめかみの光は、ずっと黄色いままだ。
「あれでよかったのかもな」
 重々しくハンクが呟き、ナマエも同意の言葉を返した。二人はその場を立ち去ろうとしたが、付いてこないコナーへナマエが声を掛ける。
「どうしたの?」
「いいえ、何も」
 平然を装ってコナーはそう返し、二人へ合流した。


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