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短編|今は冬 ※悲恋系
時折、思い出したかのように雨粒を落とす冬の空は、鉛色をしていた。
それを映す湖も、深く沈んだ色をしている。
その上を渡っていく鳥の影を目で追いながら、彼は彼女が尋ねてくるのを待っていた。
現場から戻る途中、急に車を降りた彼女は、何も言わずに湖の縁に佇んでいる。暗い水面を見つめるその横顔から、考えていることを推測するのは難しい。
再びコナーという名を与えられ、命を吹き込まれた“彼”は、そんな彼女の後ろで、返すべき言葉を組み立てる。まだ彼女は何も問いかけてきてはいないが、その時に備えて、彼は飛ぶ鳥の名を調べ、彼女の興味をひくであろう話を探す。いつでも答える用意はできている。
再び鳥の群れが、彼らの頭上を通り過ぎていく。
彼は彼女が尋ねてくるのを待っている。
なぜなら彼の記憶にある彼女は、いつも傍らのコナーへ尋ねていたからだ。鳥や、草花や、物の名前を。
そしてコナーが答えると、彼女は微笑み、「すごいね」と言う。「すごいね、コナー。私知らなかったよ。あなたが居てくれて嬉しい――」
遠い春の日のような記憶。
今は冬だ。
彼女は缶コーヒーを飲んでいる。鳥たちは飛び去った。
彼女が缶コーヒーを嫌いなことを彼は知っている。
引き継いだ記憶の中にある、短い場面。彼女は座っていた。雪の残るベンチ。目の下には薄いクマがある。コナーが自動販売機で缶コーヒーを買って渡すと、彼女は弱々しい笑みを浮かべる。彼女はコナーの淹れたコーヒーが飲みたいとこぼす。コナーは彼女の手を握る。
その時のコナーの気持ちを、彼は知らない。
「なぜそれを」と彼は尋ねる。細い記憶の糸は彼の手から離れていく。
「缶コーヒーはお嫌いでしたよね」
彼女は手の中にある缶コーヒーをじっと見つめ、言う。
「……これしかないから」
視線を地面へ落とした彼は、水たまりに映る自分の顔を見つめながら、彼女の言葉を心の中で繰り返す。
“これ”しかないから。
鳥の群れは帰って来ない。
彼女は、来た時と同様、何も言わずに車へ戻る。その背を追いながら、彼は自らに言い聞かせる。
きっと、彼女はあの鳥たちの名前を知っていたんだ、と。
お互いもう、“これ”しかないのだから。
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