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短編|コナーとバレンタインの話

*日米バレンタイン観がごっちゃになっています。




 珍しくナマエよりも早く出勤してきたハンクは、コナーがせっせとコナー自身のデスクの上に赤やピンクの小山を作り上げている場面に遭遇した。
「……なにしてんだ?これはなんだ?」
 どうやらよくよく見ると、その赤やピンクの小山は赤の箱やら、ピンクの袋やらで形成されているようだった。まるで差し色のように、茶色やゴールドらしき色のリボンや包装紙の姿も所々に見える。
「バレンタインのプレゼントですよ!」
 意気揚々とそう答えたコナーは、手にしていたバラの花束をその品々の上へ付け加えた。
「確かに、今日はバレンタインだがな……」
 椅子へ腰を降ろしながら、ハンクは改めてその“バレンタインのプレゼント”とやらを眺めた。バレンタインにはお馴染みのバラの花束に、ハート型のクッション、飛び出すタイプのメッセージカードと、中身はどうやらお菓子らしい大小様々な箱、それに、リボンの掛けられたワインボトル数本、そして――ハンクはどうでもよくなってきた――その他諸々。
「まさかとは思うがな……もらったのか?」
「僕が!?まさか」
 ハンクの質問を一笑に付したコナーは、嬉しそうに、そして内緒話を打ち明けるかのように、そっと言った。
「ナマエにあげるんです」
「……ナマエに?」
「ええ」
「これ、全部をか?」
「ええ」
「……あー……そうか。……そうか」
 自分の積み上げたプレゼントの山をニコニコとしながら点検しているコナーの気持ちを、ハンクは知らぬわけではない。コナーがナマエを好きなことは誰の目にも明らかで、おそらくそれを知らないのはナマエ自身だけだ、と皆が思っていた。
 ハンクは髭を撫でながら、言葉を選ぶ。
「それをいっぺんに渡すのはな、どうかと思うぞ。ちょっと……重いんじゃねえか?」
「重い、ですか?確かにそうですね……」
 “重い”の意味を物理的なものだと勘違いしたらしいコナーは、数歩引いて山を俯瞰し、「でも」と、自信なさげに眉尻を下げる。
「どれを贈ったらナマエが喜ぶのか、僕には検討もつかないんです」
 今日はコナーが迎える初めてのバレンタインデーだ。彼なりに良いものにしたいのだろう。ハンクは少し口角を持ち上げた。
「まあ、その中から選んでもらえよ」
「そうですね。そうすることにします」
 ハンクの提案に素直な頷きを返し、再びプレゼントの点検を始めたコナーは、何かに気が付いたらしく「あっ!」と声を上げた。
「バルーンを忘れてました!」
「バルーン?」
「ハート型のやつですよ!」
「……ハート型のか、はいはい」
 どうやらコナーは各種バレンタイン的プレゼントを制覇する勢いであるらしい。「ちょっと買ってきます!」と慌ただしく踵を返すコナーを、ハンクは生暖かい目で見送った。




「おはよ……う?」
 そしてその数分後に出勤してきたナマエは、ハンクと同じようにプレゼントの山へ不審がるような目を向けながら席へ着く。
「これ、なに?」
「バレンタインのプレゼントだと」
「ああ、バレンタインのね。そう」
 まさかそれを受け取るのが自分だとはつゆ知らぬナマエは、短い言葉で詮索するのをやめた。そんな様子に、ハンクはコナーを不憫に思う。おいおい、ナマエはちっとも興味がないのか……、と。
 だが、しばらくナマエを眺めていたハンクは、あることに気が付く。ナマエが、ちらちらとプレゼントの山を横目で見ているのだ。まるで、気にしないふりをしているけれど、本当は気になって気になって仕方がないのだというかのように。
 ハンクは思わず心の中でニヤリとした。そして、このプレゼントの山が誰に贈られるのか、気になるよなぁ?と声に出して尋ねてやろうとしようとした矢先、ナマエが口を開く。
「この一年で、コナーもモテるようになったんだね」
「はあ!?」
 どうやらこれら全てをコナーが誰か、それも複数人から貰ったものらしいと誤解するナマエに、つい大声を上げてしまったハンクを不思議そうに見やり、ナマエは視線を床へ落とす。つまらなそうに。
「コナーの良さが分かる人が増えて嬉しいね」
 そう言うナマエの表情はちっとも嬉しそうではなく、ハンクはもしかして、という気持ちを更に深める。もしかして、ナマエはコナーに興味がないんじゃなく、今まで自分の気持ちに気が付いていなかっただけだっていうのか?と。
「……お前は、コナーになんか用意したのか」
「うん、一応。ハンクにもあるよ。いつものだけど」
 ナマエは鞄と共に抱えていた紙袋から小さな箱を取り出すと、ハンクへ手渡す。
「はい、これ。今年もバレンタインおめでと」
「おう、ありがとな。俺からも、いつものだ」
 毎年バレンタインデーには、ナマエはハンクにチョコレートを贈り、ハンクはナマエへ花を贈る。いつものやり取りだ。
「で、コナーにはなにやるんだ」
「……普通に、バラとメッセージカードだけど……」
 ナマエの不安そうな瞳が、多種多様なプレゼントたちの山へまた向けられる。彼女の視線は、山の頂上へ乗せられたバラの花束の上で止まった。
「いらないかな。私のなんて」
 そんなネガティブな呟きに、間髪入れず、ハンクは言葉を並べる。
「いや、ナマエ、こういうのは大きさじゃなくてな、想いとか、なんか、そういうのが大切だ」
「……なに?ハンクらしくない」
「これはだな、その――」
 いいかげんネタばらしをしてしまおうと、ハンクが口を開きかけたその時、間の悪いことに、コナーが署へ帰ってきた。ナマエの姿を目に止めたコナーは、明るい笑顔で「ハッピーバレンタインデー!」と言い、対してナマエは「ああ、うん、おはよう」と歯切れの悪い挨拶を返しただけだった。
 LOVEという文字と小さなハートの描かれた赤いハート型のバルーンを片手に上機嫌なコナーは、はたから見れば、バレンタインのプレゼントを方々から貰って浮かれているかのようだ。そして実際、ナマエにはそう見えているらしく、彼女のテンションは右肩下がりだった。

 実のところ、ナマエはどん底にいる気分だった。彼女のテンションは下がりに下がり、地の底を這っていた。彼女は昨晩、コナー宛てのメッセージカードを書いた。いかに自分がコナーを頼りにしているか、いかにコナーに感謝しているか、いかにコナーを大切に思っているか、を。
 そうしてコナーへの想いを言語化していくうちに、ナマエの心の中ではまるで砂が払いのけられるかのようにして、相棒という存在の向こうに、恋愛対象として魅力的な存在であるコナーという人物が姿を表したのだった。
 が、だが、のにも関わらず、しかしながら、今、コナーはどこぞの誰かに貰ったらしいプレゼントの山でデスクを埋め、更に追加で愛の塊のようなバルーンまで貰ってきたらしい様子だ。しかもそれで喜んでいる。
 遅かった、とナマエは思った。自覚するのが遅すぎた。ナマエが相棒の座に甘んじている間に、誰かがコナーへの好意をこんなにも顕にしている。そしてコナーはそれを喜んで受け取っている……。
 そんな後悔と失恋の入り混じった気持ちが、冷たいナイフのように心を端からズタズタに切り裂いていくことを察したナマエは、無理やり考えを切り替えた。――なんにせよ、誰かがこんなにもコナーを慕ってくれているのだ。それでいいじゃないか、と。

 そんなナマエの気持ちも知る由もないコナーは、バルーンをプレゼントの山へ付け加え、ぱっとナマエへ顔を向けて自信満々に言う。
「ナマエ、この中からなんでも好きなものを選んで下さい。僕からの、バレンタインのプレゼントです」
 思いがけぬ提案に、ナマエはきょとんとし、ハンクは流石にどういうことか分かるだろうと成り行きを見守る。
 ナマエはプレゼントの山と、期待に満ちたコナーとをしばらく眺め、しかし、とても大きなため息をついた。
「……よくないよ、こういうの」
「え?こういうの、ですか」
 首を左右に振り、失望したと言わんばかりのナマエの様子に、気圧されたコナーは尻込みをする。
「や、やっぱり僕が選んだ方がいいですかね……?」
 微かに苛立ってすらいるらしいナマエに、自分がなにかひどい失敗をしたのだと思い込んだコナーは救いを求めるかのようにハンクを見るが、このこんがらがった状況に、ハンクは口を挟みたくなかった。ナマエがガタリと席を立つ。
「違う!こういう、人から貰ったものを横流しするようなことしたらよくないって言ってるの!」
「貰ったものを……?横流し……?」
 まさかナマエが誤解をしているとは微塵も知らないコナーは、ナマエの口から飛び出す不可解な単語に、ひたすら疑問符を付けて返すしかなく、それを傍観するハンクはもう見ていられずに、静かに両手で顔を覆った。
 そして、ナマエが一人で怒っている。彼女はプレゼントの山を指差し、まるで自分が贈ったものが軽んじられたかのように憤っている。
「このプレゼントをコナーにくれた人たちはみんな、コナーのことを考えて選んだんだよ?私だって、コナーに何を渡すかすごく悩んだし、メッセージカードになんて書くかも、一晩中悩んだ。そういうバックグラウンドが、ここにあるプレゼント一つ一つにあるの!なのに!それを!コナーは!」
「ま、待って下さい!なにか誤解を!誤解をしているようです!」
 一言ごとにコナーへ詰め寄り、今にも掴みかかってきそうな剣幕のナマエをそう言って制し、コナーは説明を試みる。
「これは僕が買ったものなんです!全部あなたにあげたくて!僕は誰からも何も貰っていません!くれようとする人も、いませんし……」
 ぴた、とナマエは動きを止めた。そして彼女の頬にはさっと赤味が射したが、それは怒りからくるものではなく、思い違いで声を荒らげてしまったことへの恥ずかしさとコナーの言葉によるものだった。
「……自分で、買ったの?」
「ええ。……あなたに何をプレゼントすればいいのか分からなくて、一応一通り用意してみたんですが……」
 どうですか?と視線で問うコナーに、ナマエは気まずげな様子で目を逸らす。
「あの、えーと、その、……怒って、ごめん……」
「……いいですよ。なぜそんな誤解をしたのかは分かりませんが」
 そう言ってコナーは言外に、傍観に徹していたハンクを責めたつもりだったが、その言葉はナマエにも追い打ちをかけてしまった。ナマエは更に気落ちした様子で、弁解を試みる。
「コナーは気がきくし、優しいし、格好いいから……いろんな人からプレゼント貰ってるだろうなって勝手に思い込んでた……」
「えっ僕のこと、そういう風に思ってたんですか!?」
 勢いよく、喜びに満ちた声でそう尋ね返すコナーに、未だ申し訳なそうな様子のナマエはこくりと頷きを返し、コナーは更に喜び勇んで尋ねる。
「いつからですか?僕はてっきり、あなたは僕に興味がないのかと……あ、だから今日こそは振り向いて貰おうと思って……」
「コナーと組むようになってからずっとそう思ってたってことに昨日の夜、何あげるか考えてたら……なんか、気が付いたっていうか……」
 ナマエの言葉の後半部分に、コナーはぱあと顔を輝かせる。
「僕にバレンタインのプレゼントを用意してくれてるんですか!」
「あるよ。そんなに豪華なのじゃないけど……」
 そう言いながらナマエはバラの花とメッセージカードを取り出したはいいものの、気後れした様子で、なかなかそれを手渡そうとはしない。コナーはそんなナマエの前をうろうろと歩き回り、欲しいという気持ちを全身で表す。ハンクはその姿に構ってほしがっている時のスモウを思い浮かべ、数秒も経たぬうちにナマエは折れた。
「ごめん、来年は、もっといいのを用意するね」
「僕は貰えるだけで嬉しいです!ありがとうございます!」
 そうしてナマエからバレンタインのプレゼントを受け取ったコナーは、傍から見ても分かるぐらいにワクワクとしながら、メッセージカードを開く。ナマエは再び視線を床へ落とした。自分がそこへ何を書いたか――いかにコナーの期待を裏切ることになるのかを、知っているからだ。
 だが、ナマエの懸念を他所に、コナーはがっかりと肩を落とすこともなく、メッセージカードを嬉しそうに眺め、撫でている。ナマエは不思議に思った。なぜなら、彼女はメッセージカードに『Happy Valentine's day』としか書かなかったのだから。

 不安げにコナーを見るナマエへ、コナーは微笑みを返した。彼には分かっていた。メッセージカードへ書かれた手書き文字の筆圧がいつもの彼女のものよりも強く、深い溝になっていることを。文字の最初と最後には、悩んで手を止めたらしい跡が、インク溜まりとして残されていることを。
 普通の人間や、平時の彼ならば見落としていたかもしれない。だが、コナーは先程ナマエが言ったことをよく覚えていた。
 “メッセージカードになんて書くかも、一晩中悩んだ。”
 悩みに悩んだ時のナマエが、最終的にシンプルなものを選択する癖があることを、ずっと彼女と一緒にいるコナーはよく知っている。きっとバラの花だって、この一輪に落ち着くまでに二転三転したに違いない。
 コナーはメッセージカードと花を改めて眺め、ナマエへ尋ねる。
「それで――これにも当然“バックグラウンド”があるんですよね?」
「……あるよ」
「当然、教えてくれますね?」
 畳み掛けるようにそう問うと、負い目のある彼女はためらいつつも口を開き――
「あ、ハンク、何してるの」
 急に矛先を変えたナマエに見咎められたハンクは、プレゼントの山へ伸ばしていた手をさっと引き、何もしていないことをアピールするかのように両手を上げてひらひらと振って見せた。
「いや、ワインがな?お前が一人で飲むにはちょっと多いんじゃねぇかと思ってな?」
「だめですよ、ハンク。僕もナマエもプレゼントの横流しなんかしませんからね」
「汚職警官〜!」
「それは違うだろ」
 ナマエの少しズレた非難の言葉に、ハンクは苦笑いをし、肩をすくめた。
「だがな、この量はちと“重い”んじゃないか?」
「……やっぱり重いですか、ナマエ?」
「え、ほんとに全部くれるの?」
「もちろんです!そのために用意したんですよ」
 そう言い切るコナーに、ナマエは改めてプレゼントの小山を眺める。バレンタインの特設売り場をそのままもってきたようなこれらが表しているのは、誰かがコナーへ向けた愛情ではなく、コナーが自分へ向ける愛情なのだ。ナマエは喜びが、胸のうちにじんわりと広がっていくのを感じた。
「ぜんぜん、重くなんかないよ。重いなんてちっとも思わない。全部嬉しい。ありがとう、コナー。今日は人生で一番のバレンタインデーになりそう」
 “重い”に掛けられた二つの意味を理解しながら、ナマエはどちらの意味も否定した。そんな彼女の言葉のニュアンスに、ようやくそのダブルミーニングをコナーは察したが、しかしどちらも受け入れる姿勢のナマエに安堵して微笑む。
「僕にとっても、今日は嬉しい日になりそうです」
「あーあ。俺にも分けてくれりゃあ、三人で楽しいバレンタインになるんだがなあ」
 バレンタインらしい雰囲気を醸し出し始めた二人に、ハンクはわざと不貞腐れた態度で茶々を入れる。コナーとナマエは視線を合わせたまま笑い、声を揃えて「仕方ないですね」「しょうがないなあ」と言って、三人でプレゼントの開封に取り掛かるのだった。


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