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拍手お礼再掲|コナーと音楽プレイヤーの話

*拍手のお礼だったものです。短いです。既に読まれている方はごめんなさい。




 コナーは彼女のその音楽プレイヤーが嫌いだった。憎んですらいた。
 というのも、そのピンク色で平べったい音楽プレイヤーはかなり旧式のもので、今時はどのメーカーの物もアンドロイドとの通信に対応しているはずなのに、それはコナーのかざした白い手に微塵も反応を返さなかったからだ。
 彼女が学生の頃から愛用しているというそれは、彼女がいつも持ち歩いているそれは、内部に彼女を解き明かす為の一手となるデータを溜め込んでいるのにも関わらず、コナーにはこれっぽっちもそれを覗かせてはくれないのだ。
 だから、コナーはその音楽プレイヤーが嫌いだった。

 彼女はいつも通勤の際にその音楽プレイヤーを使っている。本体と同じピンク色の有線イヤホンが、彼女の元へ音楽を送り届ける。
 それを眺めながら、彼女はどんな曲を聴くのだろう、とコナーは思う。ロック、ポップ、クラシック、ヘヴィメタル……。どれも聴いていそうで、聴いていなさそうだ。彼女の好みが分かれば、会話の機会だって生まれるはずなのに、とコナーは全く協力的ではない彼女の音楽プレイヤーを恨む。
 時々誰かが彼女に問う。「なに聴いてるんだ?」と。彼女はバンド名と曲名を答え、盗み聞きするコナーは素早くそのバンド名を検索にかける。だが、古すぎ、あるいはマイナー過ぎて、音楽配信サービスでは見つからない。オンラインストアのCDは数年前に在庫が切れたきり、補充される気配はない。なのに、彼女の話し相手は大抵、その曲を知っている。「懐かしいね、それ」あるいは「古いの聴いてんだな」などと彼らは返す。コナーは知らないのに。コナーは彼自身が開発すらされていない年代に発売されたその曲を、聴くことすら叶わない。
 コナーは分かっていた。ただ一言いえば良いだけなのだということは。彼女の側へ行き、他の皆のように「何を聴いているんですか」と問いかければいい。だが今の彼には勇気が足りていなかった。彼にできることは、遠くから彼女を眺めることだけだった。

 そんなある日のことだ。帰り支度を済ませた彼女が、いつものように音楽プレイヤーを取り出し、「ああ」と落胆の声を上げたのは。
 彼女の手からぶら下がるそれは、イヤホンのコードで雁字搦めになっていた。仕方なく椅子へ座り直した彼女は、暫くそれと格闘し、頭を抱え、近くの者へ助けを求めた。
「ね、ハンク。もしかしてハンクって器用だったりする?」
「もしかしてお前には目玉が付いていなかったりするのか?答えはノーだ。どう見ても不器用だろう、俺は」
 “俺は”をやや強調して言ったハンクは、ちらとコナーへ視線を送る。それを辿ってコナーを見た彼女は、ぱっと顔を輝かせて、椅子から立ち上がった。
「コナー!あなたって、どうしようもないぐらい絡まったコードを解くの得意?」
 コナーはまず、彼女が自分の名前を覚えていたことに驚いたが、喜びに浸っている暇はなかった。彼女が小首を傾げ、どこか不安そうにコナーの返事を待っているからだ。コナーは慌てて頷きを返し、彼女はほっとした様子で笑みを浮かべる。
「よかった。これ、解いてくれない?堅結びみたいになっちゃってて」
「ええ、はい、もちろん、喜んで」
 いくつもの肯定の言葉を述べるコナーに彼女はますます笑みを深めて、そのスパゲッティのように絡まったコードをコナーへ手渡した。

 コナーはそれを一瞬で解くこともできた。だが彼はこの降って湧いたチャンスをどうにか有効活用しなければと、わざと時間をかけてコードを解きながら、勇気をかき集めた。彼がスルスルと1つ目の固まりを解くと、傍らでそれを眺めていた彼女が歓声を上げる。
「すごい、そうやって解けばよかったのね」
 底意のないその素直な褒め言葉に、コナーはぎこちない微笑みを返した。
「線を辿るだけですよ」
「不思議なことに、それができないのよね」
 す、と彼女は手を伸ばし、コナーの指先が辿るコードへ触れる。
「ここまでは分かるのに、ほら、もうここで見失っちゃう」
 ぐちゃぐちゃに絡まったコードの真ん中へたどり着いた彼女の指先がコナーの指へ軽く触れ、ぱち、と何か見えない火花のようなものが散ったが、それは決して静電気などではなかった。
 コナーは幾度かその火花を感じたことがあった。例えば、彼女を見つめていて偶然目が合った時に。署内の通路ですれ違った時に。
 彼女も何かを感じていてくれたらいいのに、とコナーは思う。
「あっ……ここを引っ張れば、こっちが動くのかな」
 彼女はコードを解くのに夢中だ。コナーは「そうですね」と返し、結び目を解く。その度に彼女が褒めるので、この時間を長引かせたいコナーの気持ちとは裏腹に彼の手はコードを解いてしまい、とうとう絡まりは全てなくなってしまった。
「わあ、ありがとう、コナー」
 喜ぶ彼女に、「どういたしまして」と言いながら、コナーは不甲斐ない自分に落胆する。結局、彼女と実のある――つまり、関係性を進展させる――会話のきっかけすら作ることができなかった。……いや、きっかけはあったのに、自分はみすみすそれを手放そうとしている。
 そんなコナーの気持ちなどつゆ知らぬ彼女は、彼が音楽プレイヤーを返してくれるのを待っている。コナーは短い逡巡の後、それを手渡し、また二人の指が重なった。不可視の火花が弾け、「あっ」と彼女が声を上げる。
 その火花で、音楽プレイヤーが突然目を覚ましたかのように曲を再生し始めた。イヤホンから、シャカシャカと判別のつかない音が漏れる。
 それはまるで、コナーへの目配せのようだった。
「あ、あの」
 コナーは彼女の手を握り、それが遠ざかるのを引き止めた。二人の手の間に挟まれた音楽プレイヤーの液晶画面が点滅し、次の曲を再生する。
「いつも、何を聴いているんですか?」
 突然の問いかけに彼女は微笑み、音楽プレイヤーを手の間からするりと引き抜いた。
「古すぎて、コナーは知らないかも」
 その言葉の後に彼女が続けたバンド名も、曲名も、コナーは知らなかった。
「配信サービスには、無いようですね」
「ええ、メンバーのポリシーか何かで、配信はしないらしいわ」
「そうなると、僕が聴く機会はこなさそうですね」
「……聴いてみる?」
 その突然の提案に驚くコナーを尻目に、彼女はイヤホンの片方をコナーへ差し出す。そして自然な動作で、もう片方は自分の耳へ。
 コナーがおずおずとそれを自分の耳へ嵌めると、彼女は曲を選んで再生ボタンを押した。賑やかなギターの音が流れ出し、一本のコードから二つに分かれ、片方は彼女へ、そして片方はコナーへと届く。
「ね、いい曲だと思わない?」
 一人の男が、愛について叫びに近い声を張り上げている。見つめるだけの恋はもう止めだと。
 コナーは頷いた。


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