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拍手お礼再掲|コナーとコイントスの話

*拍手のお礼だったものです。短いです。既に読まれている方はごめんなさい。




「じゃあ、コイントスで決めましょう」
 そう言って、コナーはいつも調律用に持ち歩いているコインを取り出した。ハンクと私は店のカウンターの奥で不機嫌そうに腕を組む強面の店主を見やり、渋々頷く。
「僕は表にします」
「なら俺は裏だ」
「じゃあ私は表」
 各々、運命をコインの裏表に託したところで、コナーがピンとコインを弾く。表が出たら私とコナーがあの店主の説得にあたり、裏が出たらハンクがやることになる。
 正直なところ、表と裏、どちらが出ても私は嬉しい。厄介な交渉を免除されるのはもちろん嬉しいが、コナーと一緒に仕事をするのはいつだって嬉しいものだから。
 そんな事を考える私の前で、綺麗な数回転を決めたコインは重力に従ってコナーの手の中へ戻ってきた。手の甲でそれを受け止めたコナーは、覗き込む私たちの前で、手をゆっくりと開く。


 お気の毒さま、と心のうちで呟き、私はハンクの背を見送る。まあ最近のハンクは何だかんだ理由をつけて――もっと経験を積めだとか、ここは俺の出る幕じゃないとか言って――私たちにばかり面倒ごとを押し付けていたから、これはいい機会かもしれない。さすがのコナーも苦言を呈するほどだったし。
 再び軽やかな金属音が響き、私は視線をコナーへ向ける。彼はコインを両手で器用に弄んでいた。平たい銀色の塊が素早く彼の手を行き来するのを、私は目で追う。
「器用だね」
「そうですか?」
 こともなげにそう言いつつ、コナーは指の上でコインを転がす。
「すごいすごい」
 私が素直な感想を述べると、コナーは少しはにかむような笑みを浮かべ、またコインを宙へ弾き上げる。そしてキャッチ。それを見ながら私はふと、もしかするとコナーはコインの裏表すらも自由に操れるのではないかと思った。二分の一の確率を自由自在に。
「賭けませんか」
 不意に、コナーがそんなことを言う。私は首を傾げた。
「何を?」
「そうですね、ルールはさっきと同じで……」
 コインを左右の手に投げ渡しながら、コナーはちらりと私を見る。
「負けた方が、勝った方のお願いを聞く、というのはどうでしょう」
 私は少しばかり彼の意図を探る。彼がもしも本当に確率を操れるのなら、きっと自分が勝つようにするに違いない。彼は何を願うつもりなのだろう。こんな回りくどいことしなくても、私はコナーの頼みなら何だって聞くのに。
「いいよ」
 私は笑みを浮かべて、コナーの提案に乗る。少し驚きに目を開く彼は、私が快諾するとは思っていなかったらしい。念押しするように、「何でも、ですよ」と繰り返した。私は笑う。
「何でも大丈夫だから。私は表ね」
「なんだか、まるで僕が勝つと――」
 弾かれたコインが宙を舞う。
「――確信しているような言い方ですね」
 吸い込まれるように落ちてきたコインはコナーの手の中へ収まり、まるでマジシャンのようにもったいぶって、コナーが手を開く。コインは表を向いていた。
「なんで?」
 私は思ったことをそのまま口に出した。なんで表?私が勝っちゃったじゃない、と。
「なんでもも何も、僕の負けですね」
 余裕たっぷりで面白そうにそう言うコナーは、やはり意識して表を出したようだ。
「僕にどんなお願いをしますか?」
 どことなく期待の滲む瞳に見つめられた私は、困ってしまって視線を彷徨わせる。
「どんなお願いごとって……コナーはいつでもどんな頼みでも聞いてくれるしなあ」
「僕にやってほしいこと、ないんですか?」
 気落ちしたようにそう言って、しゅんとして見せる彼に、私は弱い。
 私はしばし悩み、そして閃いた。
「分かった。じゃあ、私のお願いは――」
「願いは?」
「――コナーのお願いを聞くこと!」
「……それは、ずるくないですか」
「だって、私もコナーの願い事を聞いてみたいんだもん」
「僕だって、あなたのお願いを聞きたくて……せっかくあなたを勝たせたのに」
「あ、やっぱり?」
 自分が、言うなればズルをしていたことをあっさりと認めたコナーは、拗ねたように言う。
「今まで何もお願いしてくれたことがないじゃないですか」
「そう?結構頼んでると思うけど?」
「そういう些細なものではなくて……」
「じゃあコナーは?そう言うからには、コナーは“些細じゃない”お願いがあるんでしょうね」
「僕ですか?僕は……困りましたね。あなたはいつも頼みを聞いてくれますし……」
 思案顔になるコナーに、私は少し驚き、そして嬉しくなった。コナーは私に色々してくれるが、私もコナーの為に何かできているのだろうかと常々考えていたからだ。このコナーの言葉を聞くに、どうやらできているらしい。
 私がふふと笑うと、コナーが怪訝そうにするので、私は言葉を継ぎ足した。
「同じこと考えてるんだなって」
 コナーも柔らかく微笑む。
「そうみたいですね」
 私は頷きを返し、「じゃあこうしよう」と、コナーからコインを借りる。
「今度は私が投げるから、次は別のものを賭けよう。真実とか」
「真実?」
「うん。勝った方が質問をして、負けた方がそれに答えるの。真実をね。嘘は無し」
「……いいですね。楽しそうです」
 興味を引かれたらしいコナーが、嬉々として頷きを返す。
「じゃあ、やろう」
 そう言って、私はコインを弾いた。
 これの結果がどうなるか、私にはなんとなく分かる。多分、相手にはいつも真実を話しているから、改まって尋ねることなどないとお互いに気が付くのだ。さっきみたいに。……それか、どちらも尋ねたいことは同じ、とか。
 中々高く跳ね上がったコインは、弧を描いてゆっくりと落ちてくる。私はコナーに尋ねるべき質問を組み立て、一方で、彼への答えを探す。でもどちらも意味は一緒だ。選ぶ言葉が違うだけで。

 落下するコインが回る、回る、まわ…………。横から伸びてきた手が、宙にあるそれをぱしりとキャッチした。手の主は、恐い顔をしたハンクだ。
「俺が馬車馬みてぇに働いてる間、お前らは楽しくコイン遊びってか?」
「馬車馬、ですか?動物園の触れ合いコーナーにいるポニーではなく?」
 コナーがからかうようにそう冗談を言うと、ハンクはむ、と眉を寄せる。
「お前、最近言うことがこいつに似てきたな」
 私を指差しながらハンクがそんなことを言うので、私は肩を竦め、コナーは苦笑をこぼした。
「さ、仕事だ仕事!」
 コインは、私たちを追い立てるハンクの手の中にある。賭けは中断されてしまったが、結果が表でも、裏でも、私は嬉しい。
 私はコナーに尋ねるべきことを考え、コナーから尋ねられるであろうことを考え、自分の返事を考え、彼の返事を考える。でもきっと、私たちの間にある質問は一つだけで、答えの方も、一つだけだ。


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