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短編|All I Want For Christmas Is You. Part2

*『All I Want For Christmas Is You.』の続き




 その日は朝から忙しかった。なぜならコナーとナマエがこの一年、共にあちこちを回って買い集めたオーナメントをツリーへ飾り付けなければならなかったからだ。その上、そこそこの大きさのモミの木――しかも本物だ――をナマエの家の中へ入れなければならず、二人は雪の積もる外で色々と試行錯誤した挙げ句、どうにかそれを室内へ納めることに成功した。
「イブにすることじゃないね」
 雪にまみれたコートを脱ぎながらそう言うナマエへ、コナーは同意の言葉を返す。
「クリスマス休暇の代償が大きすぎましたね」
 そう、二人は揃ってクリスマスに休みたいと申し出た為に、今日この日までみっちりと仕事を詰め込まれていたのだった。今、ナマエの家のリビングを我が物顔で占領しているモミの木も、数日前に買ったはいいがどうこうする暇すらなく、ずっと玄関先に立て掛けられていたものだ。
「恋人がいたらクリスマスは休んでもいいって……字面通りに受け取った私が馬鹿だった」
 ぶつぶつと文句を言うナマエは、拗ねた様子で床に広がりつつある水をモップで拭く。もちろんそれの発生源はたっぷりと雪を積もらせたモミの木だ。コナーはそのモミの木から雪と枯れ枝を取り除きながら、ナマエの発した“恋人”という言葉に頬を緩める。
「掃除は僕がやりますから、ナマエは休んでいても大丈夫ですよ」
「それはだめ。二人でさっさと終わらせちゃおう。後で今日一番のお楽しみが待ってるんだし」
 コナーの提案に間髪入れずそう答えたナマエは、先程よりも幾分か機嫌を直したらしい。彼女は自分の背丈ほどもあるモミの木越しにコナーを覗き込んで、ちらりと笑みを浮かべる。それにコナーも笑みを返し、ソファの上に置かれたダンボールへ視線を送った。この一年、二人で集めたオーナメントたちが、飾られる瞬間を静かに待っている。

 去年のクリスマス以降、二人は休みが合う度にツリーへ飾るオーナメントを探しに行った。コナーはそれを胸の内でこっそりと「オーナメントデート」と呼んでいたが、実はナマエもそう呼んでいたのだと知ったのは最近の話だ。
 そんな風に、当初の二人はお互い表に出さないながらも、クリスマスに言った「二人で飾ろう」という言葉を実現すべくオーナメントを集め、それと同時に距離も徐々に縮めていった。
 流石にクリスマス関連のものが見当たらない夏場には、二人はオーナメント探しを口実にしながらも、普通のデートを楽しんだ。その頃にはもう、お互いに何の理由がなくとも一緒にいたいと思う段階に進んでいたが。
 そしてクリスマスの一ヶ月ほど前に、とうとうナマエが切り出したのだ。ひとつ軽く咳払いをし、何でもない口調を装って、「去年の約束、覚えてる?」と。コナーは頷きを返した。「一緒にツリーを飾りましょう」
 ただそれだけのやり取りではあったが、二人にとってそれは、軽いデートをする間柄から、もう一歩踏み出してみようという、愛の告白と変わらない程の重みを含んだ会話だった。


 すべてのきっかけである天使のオーナメントを、コナーはダンボールの中から取り出す。一年待たされた小さな天使は、コナーを急かすかのようにガラス球の中で揺れた。
「それ」
 と、ナマエがコナーの横へ並ぶ。
「一番目立つところに飾ろうね」
「ええ。もちろんです」
 こういうやり取りがある度に、コナーはナマエが自分と同じ気持ちなのだと分かって嬉しくなる。先日買った長い電飾を腕の中に抱えたナマエは、ダンボールを覗き込んではしゃいだ声を上げた。
「こうして見ると、いっぱい買ったね」
「二人でいろんなところへ行きましたね」
 オーナメントに込められた思い出の数々へ、二人はしばらく思いを馳せる。サーフィンをしている陽気なサンタクロースの人形をナマエがいたく気に入ったことや、コナーが陶器でできた小さな犬を全種類揃えると言って聞かなかったことを。大量生産されたものらしく、造りの甘いそれらはどれもどこかぼんやりと夢見るような顔付きをしていたが、それがどことなくコナーに似ているとナマエは思わずにはいられなかった。
 それらの下から顔を覗かせるのは、銀細工の雪の結晶や、木彫りのトナカイ、レース編みの鳩など、大きさや材質、モチーフもまちまちのオーナメントたちだが、それぞれひとつひとつに、コナーとナマエの大切な思い出が詰まっている。二人はすっかり乾いたモミの木に、言葉を交わしながらゆっくりとそれらを飾っていった。




 ささやかなクリスマスディナーを食べ終えたナマエは、目前の光景に満ち足りた気持ちを覚えながら、ホットワイン片手にソファで寛いでいた。控え目な照明と、今日のために用意したキャンドルの光が、ツリーを柔らかく照らしている。コナーが飾った小さな犬たちが、ツリーの端で均等に並んで揺れているその楽しげな様子に、ナマエは微笑みを浮かべた。コナー曰くツリーの大きさに対して黄金比率らしい星がその頂点を飾り、その下には大切なガラス球の天使が輝いている。
 そして視線を戻したナマエは、片手にミルクの入ったカップ、もう片方の手にクッキーの乗った皿を持ったコナーを視界へ捉え、思わず二度見した。そんな彼女の困惑に気が付いたコナーは、一応の確認を取る。
「これ、貰ってもいいですか?」
 この家の食べ物は、大体がナマエの買ってきたものだ。今、皿の上に乗っているチョコチップの入ったクッキーもナマエが買ってきたものであって、当然その所有権はナマエにある。しかし、ナマエが困惑したのは全く別の理由からだった。
「いいけど……それ、どうするの」
 アンドロイドであるコナーは何も食べない。なのにそれらを一体どうする気なのだろうと一人首を傾げるナマエをよそに、コナーはそのミルクとクッキーを彼女の前のローテーブルへ置いた。……のにも関わらず、釘を刺すかのように言う。
「食べちゃだめですよ」
「……分かった」
 そしてソファーへ座るコナーをナマエが黙ったまま見つめていると、コナーは少し困ったように数度瞬きをした。
「ええと、あれで合っているんですよね?」
「……なにが?」
「サンタクロースへの捧げ物です」
 しばし二人の間に舞い降りた沈黙の中で、ナマエは様々な言葉が嵐のように頭の中を駆け巡って行くのを感じていた。
 まず、ナマエが思ったことは「え、コナーってサンタを信じてるの」だった。次いで、「私も子供の頃やったなあ」と懐かしい子供時代を一瞬振り返り、子供の頃の自分が用意したクッキーは翌朝もそのまま残されていて、ひどく落胆したことを思い出す。そして、コナーにはそんな思いをしてほしくないと感じ、「……それじゃあ私はコナーに気付かれないようにあれを食べなきゃいけないのか」と、サンタを信じるコナーの夢を壊さずにクリスマスを乗り越える方法を探して、その難易度に頭を抱えた。眠らないコナーに気付かれないよう、クッキーを食べたり、プレゼントを靴下に詰めたりするのは難しい。と、そこまで考え、「そもそもサンタとしてのプレゼントは用意してない!」という新たな悩みに直面したナマエは、コナーはサンタにどんな期待をしているのだろうかと考えを巡らせる。どんなプレゼントも持って来てくれる全能のフェアリーか何かだと思っているのならば、そのイメージを傷付けないようにするのは難しい。現実のサンタは市販のものしか贈れないのだから。でも、コナーがサンタに頼むほど欲しいものがあるのならば、どうにかしてそれを用意してあげたい、という気持ちはもちろんある――。
 悩むあまり固まってしまったナマエに、コナーは何がそこまで彼女を困らせているのか察して、少し笑った。
「僕は別に、物理的なサンタクロースを信じているわけじゃないですよ」
「物理的、サンタクロース……?」
 コナーの言葉に、思考の渦から引き上げて来たナマエは、“物理的”という形容動詞に疑問符を浮かべた。
「空飛ぶソリを操りプレゼントを配ってまわる、髭を生やした小太りの中年男性、という意味です」
 外見に対してはなかなかシビアなそのサンタクロース評へ、ナマエは安堵と苦笑の間のような表情を覗かせ、続いて湧いてきた疑問をコナーへ投げかける。
「信じてないなら、なんでクッキーを用意したの?」
「あれは概念的サンタクロースへの概念的お礼です」
「お礼?」
 ナマエは、物理的に次いで登場した概念的サンタクロースについて尋ねるのは後回しにすることにした。コナーは一つ、頷きを返す。
「ええ。去年、僕の願いを叶えてくれたので、そのお礼の気持ちです」
「去年?何をお願いしたの?」
 そう言いつつ、去年のクリスマスの出来事を振り返り始めたナマエへ、コナーはそっと腕を回す。
「あなたと一緒に居られますように、と僕は願って、サンタクロースはそれを叶えてくれたんです」
 耳元でそんなことを囁かれてしまったナマエは、思いがけないコナーの行為と喜びに頬を染め、同じように自分もハグを返す。
「サンタがコナーの願いを叶えてくれて、私も嬉しい」
 二人は顔を見合わせ、しばし笑い、キスをした。

 コナーはナマエを腕の中に抱きながら尋ねる。
「ナマエ、あなたは何か願うことはありますか?僕が“概念的”サンタクロースになりますよ」
「その、概念的サンタってなんなの」
 ナマエが笑いを含んだ声でそう問うと、コナーはどこか得意げに答えた。
「僕の勝手な定義づけですが、クリスマスにプレゼントを贈る人々の総称です」
「じゃあ、今日と明日は誰でもサンタになれるんだね」
「そうですね」
「それってとってもいい考え方だね」
 誰しもが一度は遭遇する、サンタは実在するのかしないのか問題にいい感じの着地点を用意するその答えに、ナマエは大いに満足し、コナーの胸元に身を預ける。
「私はもう何もいらないかな。コナーとツリーを飾って、クリスマスをお祝いして、これ以上望むことなんてないよ」
「そう言ってくれるのは嬉しいですが……」
 先程のナマエのように、コナーも恋人の望むものをプレゼントしたいという気持ちを持て余しているらしい。ナマエの言葉にコナーは喜びつつも、腑に落ちない様子でしばらく黙っていたが、はたと気がついた様子で口を開いた。
「ケーキはどうですか?夕食前に、買い忘れたと嘆いていましたよね?買ってきましょうか?」
「確かに嘆いてたけど……でも、今はケーキより、コナーとこうしていたいな」
 そう言ってナマエがコナーにぎゅっと抱きつくと、コナーは満面の笑みでその願いを叶えるべく彼女にキスをして――

 ――唐突に、軽快なチャイムの音が室内に響いた。間を開けずに何度も響くその音は、玄関ドアの前へ立つ人物が、早く開けろと急かす音だ。コナーは渋々ナマエから身体を離し、ナマエは軽く身なりを整えてから玄関へ向かった。
「あ、ハンク。それにスモウも」
 玄関ポーチで雪にまみれて立つその一人と一匹にナマエは驚きの声を上げ、急いで室内へ通した。
「よう、悪いな邪魔して」
「邪魔だなんて。ハンクとスモウならいつでも大歓迎」
 そう答えるナマエへ、ハンクは白い箱を差し出す。
「詫びのケーキだ」
「わあ、ありがとう!実はケーキなしのクリスマスになるところだったの」
「そりゃあ良かった。ナイスタイミングってやつだな」
「署の方はどんな感じでしたか?」
 タオルを差し出しながらそう尋ねるコナーは、良い雰囲気に水を差されて少しばかり不満げだ。
「若い奴らが頑張ってるよ。んで、もう老人は帰っていいんだと」
 そしてハンクはにっと口角を持ち上げて見せ、声のボリュームを幾分下げてコナーに耳打ちをする。
「俺のお膳立てが必要じゃないか心配したが、大丈夫そうだな」
「僕はもう、去年の僕とは違うんですよ」
 胸を張ってそう答えるコナーへ、ハンクは眩しいものを見るかのように目を細める。
「……そうみたいだな。ま、安心しろ。俺はすぐ帰るから」
「えー」
 スモウを拭いていたナマエはその部分だけ聞き取って不満げな声を上げ、コナーもそれに同意する。
「せっかく来たんですし、ゆっくりしていって下さい。……あ、ツリーを見ませんか?僕とナマエで飾ったんです!」
 機嫌を直したコナーは、自分の大切なツリーの自慢をすべく、無邪気にリビングへとハンクを連れて行く。
「それは昼間、俺に散々画像を送りつけてきたやつか?」
「そうですが、実物はもっといいですよ」
「コナーが集めた犬の飾りを見てあげてよ、ハンク。スモウもね?」
 ナマエにそう言われたスモウは「わふ」と気の抜けた声を返し、ツリーよりもその手前のローテーブルの上にあるクッキーに気を取られているようだ。それを察したハンクはその皿を手に取ると、スモウへ「これはチョコが入ってるからだめだ」と注意し、ナマエへ確認を取る。
「ナマエ、このクッキー食べてもいいか?昼から今までなんも食べてねえんだ」
「私はいいけど、コナーに聞いて。それはコナーのだから」
「コナーの?」
「ああ、それは僕がサンタクロースに……」
 と、そこで言葉を切ったコナーは、何か重大なことに気が付いた様子で、目を見開いて立ち尽くす。
「どうした?コナー」
「……そうか、ハンクが僕のサンタクロースだったんだ」
「は?」
「え?……確かにハンクは髭も生えてるし、小太りの中年男性だけど?」
「え?俺は今悪口を言われたのか?それともサンタが悪口を言われたのか?」
「いえ、物理的な話ではなく……去年、僕の背を押してくれたのはハンクなんですよ」
「まあ、そうだがな……それでなんで俺がサンタになるんだ?」
「なるほど、きっかけをプレゼントしてくれたってわけね。どうりでなんか二人でこそこそしてると思った」
「それはサンタというより、なんだ、協力者?とかでいいんじゃねえか?」
 自身にメルヘンな肩書が付くことを恐れたハンクがそう言って辞退すると、何か思いついたらしいナマエがぽんと手を打った。
「じゃあ、キューピッドね!」
「そうですね!」
「いや……それは……俺は……俺はサンタでいい。お前らがそう言うなら、そういうことでいい」
 メルヘン度を更に数段上げかけられたハンクはサンタという立場を甘んじて受け入れることにし、コナーとナマエはお互いに「うんうん」と頷き合い、スモウはよく分からないがしっぽを振ったのだった。


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