Main|DBH | ナノ

MAIN


拍手お礼再掲|寝たふりを続ける話2

*拍手のお礼だったものです。短いです。既に読まれている方はごめんなさい。




 私がそのお気に入りの自販機コーナーへ足を運ぶと、そこには既に先客がいた。
 数分前から姿をくらましてるコナーが、自販機横のベンチにちょこんと腰掛けていたのだ。彼は瞼を下ろしていて、ぱっと見たところでは、まるでうたた寝をしているかのようだった。先日の私のように。
 私はコナーの目前に回り込み、屈んでその端正な顔を眺めた。スリープモード、というやつなのだろうか。噂には聞いていたが、実際に彼がそうなっているのは初めて見た。私は彼の目の前で手を振ったりして、本当に“寝て”いるのかを確かめるが、彼は起きる素振りを見せない。すごい、ほんとに寝てる、と私は謎の感動を覚えながら、彼の隣に腰掛けた。それはこの珍しい機会を逃したくなかったのと、先日の意趣返しをしてやりたいような気持ちがあったからだ。
 あの日、彼は私の寝顔をどのくらい眺めていたのだろうか。無防備な姿を至近距離で見られたと思うと、今でも顔から火が出そうなほど恥ずかしい。嫌、ではないが、嫌ではないからこそ、恥ずかしい。だから今度は私がコナーの寝顔を眺めてやるのだ。
 コナーは少しばかり険しい顔をしている。背筋も、いつものように真っ直ぐに伸ばされたままだ。寝てる時ぐらいもっとリラックスすればいいのに、と私は思うが、人間の睡眠とアンドロイドの睡眠はやはり異なっているのだろうか。寝ているとはいえ、それが休息と同意義だとは限らないのかもしれない。もしかすると、表からは見えないだけで、頭の中では忙しく情報処理でもしているのかもなどと考えてみるが、それはつまり起きている、ということになる。起きているのなら、私の存在に気が付いていることになる。
 私はじっと、コナーの横顔を見つめた。
 視線を注ぎ続けても、彫刻のような彼の顔に変化はない。眺めているうちに、私はなんだかコナーが気の毒になってきた。起きている時も働いて、寝ている時も働くなんて、気の毒過ぎる。そういう風に作られていて、それが苦ではないにしても、無理をしているのではないかと心配になる。
 と、私は自分の反対側に置かれている自販機の側面に、彼の横顔が反射して映っていることに気が付く。LEDリングが付いている方だ。そしてそのリングは黄色と青の間を右往左往している。彼と付き合いの長い私は、その動きと色に心当たりがあった。これは、内心焦っている時の動き方だ。
「コナー……もしかして、起きてる?」
 くるりと回ったリングが黄色一色になり、私は思わず小さい笑い声をもらしてしまった。彼は身じろぎ一つしない。瞼は固く閉じられ、唇は一文字に結ばれたままだ。
 どうやらコナーは寝たふりをしているらしい。そしてそれをやめるつもりはない、と。
「寝てるなら、私が居たら邪魔かな?」
 独り言の体を装って、私はコナーへそう尋ねた。彼がここにいる、ということは少なからず、独りになりたいという気持ちがあったからだろう。私は彼の邪魔をしたくはなかった。
 もちろん、返事はない。私はしばらくそのまま座っていたが、やはり彼をそっとしておくことに決め、ベンチから立ち上がろうとした。が、くっと服がなにかに引っかかったような衝撃に、動きを止める。見れば、いつの間に掴んだのか、私のシャツの裾をコナーが握っていた。
「……やっぱり、しばらくここにいようかな」
 コナーの手が緩み、私のシャツを離した。
 私は座り直し、少しばかりコナーの方へ身体を寄せる。
「そんな体勢で寝て、疲れたりしないのかな。私でよければ、もたれかかってくれてもいいんだけど……?」
 ちょっとわざとらしかっただろうか。私はコナーの様子を伺う。彼は動かない――いや、徐々に傾いてきている。私はそそくさと、彼の頭の下へ肩を動かした。ややあってから肩に感じる、ずしりとした重み。素直な彼に、私はつい微笑んでしまった。
「いつもお仕事お疲れさま」
 固かったコナーの表情が、少し和らぐ。私は腕を伸ばして、彼の頭を優しく撫でた。なにが彼らアンドロイドの休息に当たるのかは分からないが、少しでもここで休んでいってほしいと願いながら。




 最初から、コナーは目を覚ましていた。そもそも彼に眠りという概念は存在していなかった。スリープモードというのも、表面上そう見えるから人間側が勝手に付けた名称であり、彼の中で意識の連続性が中断されることはなかった。
 だから、彼女がやってきたのはその軽やかな足音で分かったし、目の前に屈み込まれたのも分かった。
 別に、今行っているデータ処理は自分のデスクでもできる。だが、あえてここまで来た理由――期待していなかったといえば嘘になる。ここにいれば、彼女がやってくるのではないか、という期待。実際、その通りになった。
 彼女は熱心に、コナーが寝ているのかを確認しているようで、コナーは多少の好奇心と共に寝たふりを続けた。もしもこのまま起きなかったら、彼女はどんな対応をするのだろうか、と彼は考えた。いつものように缶コーヒーを買って、ここを立ち去るだろうか?それとも、ベンチに腰掛けていくだろうか?コナーの望みはもちろん後者で、彼女はもちろん彼の望み通りに振る舞った。
 だが、実際そうなってみると、コナーはそこそこの不安に襲われた。なんせ、彼女がじっと見つめてくるのだから。シリコンの人工皮膚で感じる風の流れや、瞼を透かして見える明暗の加減から、彼女が横でじっとこちらを見ているのは分かる。だが、何を考えているのか、それは分からない。唐突に、コナーは自分が間抜けな顔をしていないかが気になり始めた。よくハンクから間抜けな顔だと評されるが、彼女からはそう思われたくない。だが今更表情を変えれば、彼女に起きていることがバレてしまう。コナーは心の内で焦りながらも、努めてシリウムポンプの律動を抑え、静物のように佇み続けることを選んだ。
 そのはずなのに。
「コナー……もしかして、起きてる?」
 などと、彼女は言う。
 ――起きていることを明かす、明かさない。2つの選択肢の間でコナーの心は揺れ動いた。もしも明かしたら?きっと彼女は「起こしてごめんね」と言ってここから立ち去ってしまうだろう。それは容易に想像できた。では反対に、明かさなかったら?その時の反応は、まだ未知数だった。コナーはそちらに賭けることにした。
 彼女が、自分がここに居たら邪魔だろうかなどと口走るので、コナーは思わず自身の手に触れていた彼女の服の端を掴んでしまった。立ち上がりかけた彼女がそれに気付き、再び腰を下ろす。コナーは胸の内で安堵した。

 そこから先のことを、コナーは夢だと思わずにいられない。彼は眠らず、夢もまた、見ないのに。
 
 温もりが近付いて、彼女が身を寄せてきたのだとコナーには分かった。それだけでも十分嬉しいのに、続く彼女の提案に、思わずコナーは目を開けてしまいたくなった。しかしそんなことをすれば、この夢のような時間は終わってしまう。コナーは早る気持ちをどうにか宥め、彼女の申し出に従って、その肩に頭を預けた。
 コナーは、ふふっと頬に彼女の吐息を感じた。笑った、のだろうか。笑いたい――正確に言うとニヤけたい――のはコナーの方だった。
「いつもお仕事お疲れさま」
 その労りの気持ちの滲む優しい声に、コナーは自分の心が安らぐのを感じた。それに伴って、表情がつい綻んでしまったが、コナーはそれを止めなかった。
 もう、起きているのがバレてしまっても構わないと彼は思った。彼女がコナーのためにここにいてくれるのだと、分かったから。
 彼女の手が、慈しむようにコナーの頭を撫でる。休まぬ機械であるコナーが、片付けるべき仕事は多い。しかし今だけは、彼女の優しさに甘えることにしたのだった。


[ 83/123 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -