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拍手お礼再掲|寝たふりを続ける話1

*拍手のお礼だったものです。短いです。既に読まれている方はごめんなさい。




 そこは仕事を抜け出してサボるにはぴったりの場所だった。
 署内の少しばかり奥まった所に設置してあるその自販機で誰かが飲み物を買っているのを、私は未だかつて見たことがない。その横に置かれたベンチに人が座っているのもまた、見たことがない。
 だからそこは、誰にも邪魔されずに過ごすには最適なところだった。
 
 その日の私は、別にサボるためにここを訪れたわけではなかった。ただ徹夜明けの脳みそにカフェインを提供しようと思って、コーヒーを買いに来たのだった。
 私はあくびを噛み殺しつつ、PCを眺めすぎてしょぼしょぼする目を擦り、自販機に並ぶ不人気な缶コーヒーたちを一瞥する。毎度のことながら、よくもまあ、不味いと評判の銘柄ばかりこんなに集めたものだと、私はこの自販機コーナーに人が居ない理由をなんとなく察しながら、コインを入れて適当にボタンを押した。今の私に必要なのは眠気覚ましのカフェインであって、味は二の次だから、何だっていいのだ。
 缶コーヒーのプルタブを起こしながら、私は隣のベンチに腰掛けた。そして睡魔に負けた。
 

 あ、やばい、寝てたな、と私はまどろみの中から意識を引っ張り上げる。が、未だしつこく残る眠気が、意識の片側を持って手放そうとしてくれない。「起きないと」と「まだ眠いよ」の間にある脳みそを、「起きないと」側に連れてくるために、私は無理やり瞼を持ち上げ――再び素早く下ろした。
 視界の端に入ったあの見慣れたグレーのジャケット姿は、コナーじゃないだろうか。そして、体勢から考えると私は今、彼の肩にもたれかかっているのではないだろうか……。
 自分が今どんな状況にあるのかを理解した脳が、勝手に心臓を激しく動かし始める。眠気はどこかに行ってしまった。
 ……多分、コナーは私を探しに来てくれたのだろう。何時間ここでうたた寝をしてしまったのか考えるのは恐ろしいからやめておくとして、なぜ彼は私を見つけたにも関わらず、起こしてくれなかったのだろうか。なぜ隣にしれっと座っているのだろう。というか、彼は私が今起きたことに気がついているはずだ。こんなにも心臓が大暴れしているのだから。しかし彼は動かない。私の方も、寝たふりを続行してしまった手前、改めて起きたとして、どんな顔でなんと言えばいいのか分からないので起きられない。非常に気まずい。
 コナーの肩がわずかに揺れて、彼が腕を動かしたのが分かった。そのことに、よし、もう起こしてくれるんだな?と私は安堵する。そうしてくれたら、私も今起きた風を装うから、さあ、自然な感じで起こしてくれ!――そんな私の心の声を無視して、コナーは全く予想外の行動に出た。
 彼は私の頬を撫でた。おそらく今、彼は私の顔を覗き込んでいる。
 私は起きるタイミングを完全に失った。若干の恋心を抱いている相手の顔が目の前にあると分かっていて、目を開けられる人はどのくらいいるものなのだろう?少なくとも、私には無理だ。
 コナーの指が、ゆっくりと私の頬のラインをなぞっていく。
 その動きが余りにもこわごわといった感じだったので、私は思わず笑いそうになり、慌ててそれを押し殺した。そして考える。彼は私がもうとっくに起きていることを知っているのに、どうしてこういう風に触れるのだろう。まるで、どこまでなら触れてもいいのかを探っているみたいだ。
 ……目を開けたら、やめてしまうだろうか。私の心はまったく正反対のところにあるけれど、それを伝えようと目を開ければ、彼は逆の意味にとらえてしまいそうな気がする。
 コナーが先程よりも大きく動いて、私の身体もそれに合わせてぐらりと揺れた。普通の人なら目を覚ます程度の衝撃だ。
 ……それは、起きるにはいい機会だったかもしれない。
 なのに結局、私は寝たふりを続け、彼の行為を黙認した。タイミングを逃しただの、気まずいだの、色々理由を付けて目を開けなかったが、本当は、この時間を私も楽しみたいのだと気が付いたからだ。

 彼の指は私の頬を何往復かした後、離れていった。私が自意識過剰なのかもしれないが、その動きには少しの名残惜しさがあったような気がする。そしてコナーは元の体勢に戻ると、ちょっとずれた肩と私の頭をわざわざ微調整し直した。まるで、もっと寝ていてくださいと言わんばかりに。
 私はデスクできっと不機嫌そうに私達が戻るのを待っているであろうハンクのことを考えた。でもコナーがそっと手を握ってきたので、もう数十分ほど、このバレている寝たふりを続けようと思うのだった。


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