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短編|All I Want For Christmas Is You.

 ナマエはクリスマスソングをひたすら流し続けるカーラジオを消した。のにも関わらず、未だに陽気なその歌はどこからか響いてくる。彼女はしばらく耳を澄まし、それが彼女らの車の四方を囲む他の車から漏れ聞こえてくるのだと知って、長々としたため息をついた。助手席のコナーがそんなナマエに同情の微笑みを投げかける。
「なかなか進みませんね」
「ほんとにね」
 コナーにそう言葉を返し、ナマエはフロントガラスの向こうに連なる車の長い列を見渡す。大渋滞。それは、クリスマスの夕食までには家に帰ろうと皆が頑張った結果だった。
 ナマエはハンドルに身を預け、しかしうっかりクラクションを鳴らしかけて、仕方なくシートへもたれかかった。彼女が鳴らさなくとも、クラクションの音は先程からいたる所でひっきりなしに響いている。まるで誰かが今年のクリスマスはベルの変わりにクラクションを鳴らしましょう、と決めたかのように。
「ハンクに、署に戻るのは一時間以上後になりそうって言っといて」
 二人はクリスマスにも関わらず暴力沙汰を起こした愚かな人間と同じく愚かなアンドロイドの仲裁のために呼び出され、彼らを仲良く留置所にぶち込むことでそれを解決させたのだった。本来こういったことは二人の仕事ではないが、今日はクリスマスで、二人はハンクの持論の元、方方の手助けにまわっていた。
 一呼吸分の間の後、コナーが口を開く。
「ハンクから返事です。今日はもう帰れ。メリークリスマス。……だそうです」
「は?え?ハンクが?メリークリスマス?どうしたの?それ本当にハンク?ハッキングされた?」
 ハンクらしくない返答に、ナマエは疑問符を山のように浮かべる。一方、不名誉にもハッキングを疑われたコナーはむっとしつつも言葉を返した。
「僕はそのまま伝えただけです。疑われるのなら、ご自分で連絡されては?」
「いや、だってさ、ハンク『クリスマスに独り身の奴は家庭持ちと恋人がいるやつのために働くべきだ』って言ってたじゃない」
 声を低くし、顔をしかめてハンクの真似をするナマエにコナーは微かな笑い声を上げた。
「あまり似ていませんね」
「そう?もっといかつい顔だったかな」
 ナマエも同じように笑い、どうしようかなと言葉を継ぐ。
「クリスマスに時間があるのは久しぶり」
「去年は仕事でしたしね」
「その前もね」
「ご実家には帰らないのですか?」
「他の州だからね。遠いし、わざわざ帰っても……」
 あまり家庭の話をしたがらないナマエは、この話はここで終わりだと言わんばかりに片手を振り、結びの言葉代わりに「恋人もいないしね」と付け足した。
「……作る予定は?」
「クリスマス用に?」
 自分で言った冗談に、ナマエは再び笑い声を上げる。
「まあ、いればクリスマスを楽しめるかもね。でもいないし、この話はここでおしまい」
 と、一旦話を終わらせてみたものの、助手席のコナーが黙ったままなので、気まずさを覚えたナマエは再び口を開いた。
「署に帰ろっか。何にせよ、コナーは署に戻らないといけないわけだし……。道すがら、ケーキでも買ってさ。私達はサンタの格好でもして……」
 彼女の言葉を遮って、ポン、と明るい電子音が響き、次いでカーナビが「目的地が設定されました」と告げる。突然のことに驚きつつもナマエがそれの画面を覗き込めば、数メートル先の広場が目的地として表示されていた。
「……設定した?」
「はい」
「なんで?」
「ツリーが……綺麗だそうですよ。装飾も大きさも、デトロイトいちだとか」
 なぜか少しばかり恥ずかしそうに口ごもるコナーに、ナマエははっと気が付く。もしかして、ずっと彼はクリスマスを楽しんでみたかったのか、と。思えば彼が署へ来てからのクリスマスは仕事ばかりで、何かそれらしいことは一度もしたことがない。
 しかしナマエは、でもな……と前に並ぶ車たちを眺める。
「見に行きたい感じ……だったりする?」
「あなたさえ良ければ」
「コナーが行きたいなら、私もぜひ行きたいところなんだけど……この渋滞から一度抜けたら、また合流するのは難しいかなって思うんだよね」
 現実的で消極的なナマエの言葉に、コナーはやや食い気味で反論する。
「渋滞はあと3時間ほどで解消される見込みです」
「3時間もツリー、見る?」
 否定を含んだナマエの言葉に答えるようにして、再びカーナビが軽快な音を鳴らす。今度はその広場近くの大通りだ。ナマエが黙ったままその意図を視線で問うと、コナーは無意味な咳払いをしてから話し始めた。
「ここでは、クリスマスマーケットが開かれていて……ちょっとした催し物とクリスマス雑貨が……リースやオーナメントに、アロマキャンドル……」
 眉根を寄せ、検索結果らしい文をかいつまんで読み上げるコナーだったが、急にぱっと顔を輝かせる。
「あ、それに、ホットワインが飲めますよ。ワイン、お好きでしたよね?」
「うん。好き」
「ホットワインも?」
「好き」
 そう返した途端に嬉しそうな表情になるコナーに、ナマエは参ったな、と思う。これでは誤解していまいそうだ。彼が“私と”クリスマスを楽しみたいのだと。
「ツリーとマーケットで3時間は過ごせますよね?」
「そうだね」
 だが、一応は勤務中なのだから飲酒はできないと告げて、彼の気持ちに水を差すようなことはしたくないと思っている自分がいるのは事実だと、ナマエは自分の気持ちを密かに肯定した。




 そうしてどうにか二人はメインストリートの渋滞から脇に逸れ、車を停める所を探し、クリスマスカラーに染まった広場へとたどり着いた。
 カラフルな電飾とオーナメントで彩られたツリーを前に、ナマエはSNSへアップするための写真を撮り、一方コナーはそんなナマエの姿を画像データとして保存した。そして彼はハンクに連絡を入れる。
 コナーは前々からナマエとの関係を進展させたいとハンクへ相談していたのだが、先程の通話の際に突然、『あいつを口説くならこういう日だな』とアドバイスとも一方的な結論ともつかない言葉を投げかけられたのだった。そしてハンクはいくつかの助言をコナーに授け、帰ってくるなよと告げて電話を切った。突然お膳立てされた、またとないチャンスに慌てふためくコナーへ、からかうように『メリークリスマス』と残して。
 件のハンクは数コールで電話に応じた。
『で、どうなんだ状況は』
『多分、いい感じだと思います。クリスマスマーケットを一緒にまわることになりました』
『お、いいじゃねえか。あれか?大方、ナマエはワインに釣られて来たんだろ』
『……そうです』
『俺の予想通りだな。ま、頑張れよ』
 通話は終わり、心の内でコナーは肩を落とす。そうだ。ナマエは僕とクリスマスを楽しみたかったわけではなく、ワインを飲みたかったからここまで一緒に来てくれたのだ、と。
 ツリーを見上げていたナマエが、コナーへ視線を移す。
「コナーが言ってた通り、本当に大きいね!それにすごく綺麗!」
 彼女の瞳が、イルミネーションの光を反射してきらきらと輝いている。それが何よりも綺麗だと、コナーは言葉にせずに思った。
 ナマエははしゃいだ様子で、写真を撮っている。
「よければ写真を撮りましょうか。あなたとツリーの」
「え?私だけ?コナーも入ってよ」
 僕は、とコナーが言葉を返すよりも早く、ナマエはコナーの脇にぐいと近づき、携帯端末をかざして写真を撮った。コナーは急に詰められた距離の近さにひどく緊張したものの、シャッターボタンが押され、触れていた肩が離れると、一抹の名残惜しさを覚えるのだった。
 ふふ、とナマエが小さく笑う。彼女が見せてきた画像の中のコナーは、ぎこちなく口角を上げていた。
「コナー、写真うつり悪いね」
「急に撮るからですよ」
「だって、急じゃないと断るでしょ。私はコナーと一緒に映りたかったの」
 そう言って、ふいと顔を逸らすナマエの言葉の意味を、コナーは考える。そして返すべき台詞を熟考する彼を残して、ナマエは次の段階へ移ってしまう。彼女はコナーへ再び視線を戻して微笑んだ。
「ありがとね、コナー。コナーが誘ってくれなかったら、一生見る機会なかったかも」
「……僕の方こそ、付き合ってくれてありがとうございます」
 面と向かって礼の言葉を交わした二人は、急にどこか気恥ずかしい気持ちになり、慌てて次の話題になりそうなものを探した。先に見つけたのはコナーだった。
「あ、あそこにホットワインの屋台がありますよ」
「そうだね」
 そんなどこか気乗りしない様子のナマエの返事に、早くも屋台へ向かって歩き出そうとしていたコナーは足を止める。
「どうしたんですか?ワインを飲みにここまで来たんじゃ……?」
「一応、勤務中だし」
「でも、ワインのためにここまで来たんですよね?」
「それだけじゃないよ」
 と、どこか歯切れの悪い返事を寄越したナマエは、立ち止まるコナーの脇を通り過ぎ、他の屋台を指差す。
「見て、オーナメント売ってる」
 振り返り、コナーの表情を伺っているらしい彼女が何を考えているのか、コナーにはよく分からなかった。彼女はワインのために来たはずなのに、違うと言う。もしかしたら、という期待が、彼の心を掠める。
 コナーは、一つのオーナメントを手に取って眺めるナマエの隣へ並んだ。
「綺麗ですね」
「うん」
 細い金色の糸の付いた薄いガラス球の中に、白くて小さな天使が入っている。宙釣りにされたそれは、ナマエが手を振るのに合わせて揺れた。
「いいな、これ」
 とナマエが言うので、コナーは彼女が財布を取り出すものと思ったが、彼の意に反して、ナマエはため息と共にその天使を元のオーナメントの入れられた籠へと戻してしまった。
「買わないんですか?」
「飾るところがないんだよね。ツリーもないし」
「今買って、来年まで取っておかれては?」
「来年も飾らないよ」
「当日仕事だから、ですか」
「そう」
「ハンクの言葉に照らし合わせるのなら、恋人がいれば仕事は免除されますよ」
「……来年もたぶん、いないよ」
 少しばかりの沈黙があった。
「……じゃあ僕が買います」
「え?」
 唐突にそう宣言し、籠の中から再び天使をすくい上げたコナーは、そのまま店主に声をかけて瞬く間に購入手続きを済ませてしまった。
「コナーが買って……その、どうするの?」
「あなたに差し上げます。クリスマスプレゼントとして」
 目を丸くするナマエの手を取り、コナーはオーナメントをうやうやしく乗せる。
「ありがとう」
 その礼の言葉には明確な困惑が滲んでいたが、コナーはナマエの手を離さなかった。
「えっと、私にも何かお返しさせてくれるよね?何がいいかな……」
「僕は何もいりません。ただ来年、これを一緒に飾らせてくれませんか」
「一緒に、飾る?」
「ええ」
 コナーは自分の言葉がナマエにどのような作用を及ぼすのかを息を呑んで見つめた。ナマエは少し眉根を寄せ、言葉の意味を考えているようだった。クリスマスに一緒にいるということと、コナーの伝えたいことが繋がるまでの間は長いようで短かった。
 ナマエの頬にさっと赤味がさす。
「つまり、えーと、コナーは」
 無粋な通知音が、続くはずだった言葉を打ち消す。ナマエが端末を操作すると、無線機を介したざらついた音声が、すぐ近くのストリート名と暴行事件発生の旨を伝えた。それとほぼ同時に、同じ内容がコナーへと伝わる。
 流石に、走って行ける距離からの通報を無視する訳にはいかない。ナマエは応答ボタンを押して、すぐに向かうと告げ、歩き始めた。コナーも慌てて後を追う。
「来年は、」
 とナマエが口を開く。
「来年はもっと落ち着いて見られるといいね。ホットワインも飲みたいし」
「来年は、飲まれるんですか?」
「来年のクリスマスは私たち、仕事を免除されてるだろうから」
 ね、と同意を求める彼女の手をコナーは握る。オーナメントの金色の糸が二人の指に絡まり、天使が楽しげに揺れた。
 きっと来年、それは小さなツリーに飾られるのだろう。


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