第八話 外の世界
コンコンと、男が居るであろう部屋の扉をノックする。
「なにかあったのか?」
ガチャリと扉があいた。扉を開けた男は人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。
「謝りに来たの、その……怒鳴ったりしてごめんなさい。
わざわざ布団をかけてくれたのもあなたでしょう?ありがとう。」
「気にすんな」
そういうと、ポンポンと頭を撫でた。慣れない触れあいにこそばゆいような感覚がした。
「傷は大丈夫なの?」
「あぁ、まだ痛むが昨日ほどじゃない」
「それじゃあ朝食でも取りましょう、こっちへ」
「ちょっと待て!」
いつも食事をしている部屋に案内しようとすれば、男は私を呼び止めてこほんと咳払いをした。
「命名しよう、今日からお嬢さんは"シレーナ"だ」
「シレーナ…?」
「あぁ、とある国での"人魚"を意味する言葉だ」
ちらついたのは、泡になり消えた悲しい恋物語。
「なんとなく似てると思うんだ。お嬢さんと人魚姫がな」
純粋に愛を求め続けるも、報われなかった人魚姫。
あぁ、たしかにそうかもしれない。
「改めてよろしくな!シレーナ」
いい名を考え付いた、と満足げな男は私に手を差し出す。
「…ありがとう、よろしく」
不思議と人魚を意味する"シレーナ"という名は、くだらないと思っていた童話の登場人物を思わするも、ストンと心に染み渡るようだった。
「私の名前は…、シレーナよ」
そういえば、彼はまた白い歯を見せながら満足そうに笑った。
「さて、朝飯とするか!」
「今用意するわ、座ってて」
穏やかな朝。
私は今、独りじゃないということが、なんだか嬉しくて、むず痒くて。
こんな幸せが永遠に続けばいいのにと願った、魔法では出来えないことを。
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