「……お前の所為だからな、お前が僕を口車に乗せたから、こうなったんだ」
僕はせかせかと、人気のない路地を歩きながら、不機嫌そうな口ぶりで、咄嗟に言葉を零した。
「まあそう言うなよ。お前を乗せたのは確かに俺だが、その口車に勢いよく飛び乗ったのも、お前だろう?」
先ほどまで、誰一人としていなかった、静寂に満ちた夜道に、ふっと粘つくような男の声が響く。
声の方向へ目をやると、僕の前方にある、蓋のついた円柱型のごみ箱の上に、にやにやと笑うそいつは足を組み座っていた。
……あいつは、いつも唐突に現れる。空中を揺蕩う煙のように、ふっと現れふっと消えるのだ。
肩甲骨まであるであろう、薄暗い灰色の髪を一つに結い、質の良い黒のトレンチコートに、鮮血で丹念に染めたような、真っ赤なワイシャツといった、派手な風貌の男は、白目と黒目が反転したかのような、不気味で奇妙な瞳で、僕を遠方から見つめている。
その瞳からはいつも通り、だらりと涙のような真っ赤な液体が流れており、陶器のような真っ白な肌に真紅の線を描いていた。
「煩いな、相変わらずお前は嫌味ばかりを口にするんだな。ヴァロック」
僕は以前、ヴァロックと名乗った不気味な男の隣まで、つかつかと歩み寄り、腕を組みながら彼を見つめた。
ヴァロックのやつは常々嫌味たらしい。発する言葉の一つ一つに、ヘドロでも塗ってあるかのようだ。
「そう邪険にしてくれるなよ、俺とお前の仲だろう?」
不機嫌そうな僕を、然も楽しげに横目で見ながら、彼はゴミ箱から立ち上がった。
こんな人間とは言い難い風貌の男と、至って普通の人間である僕が、一応ほどほどに親しい仲にあるだなんて、我ながら滑稽だ。
「まあ、そんなこたぁどうでもいい。……で、お前はこれからどうする?家に帰ってワイドショーでも眺めるか?」
僕の顔をじろじろと間近で眺めながら、ヴァロックは小馬鹿にしたように笑いかける。
本来なら食って掛かるところだが、心身共に疲れ切っていた僕は、ため息交じりに首を小さく横に振った。
今こいつ相手にムキになったところで、何も解決しないだろう。
「そうだな、……何も考えちゃいないや」
僕は両腕を空へと伸ばし、うんと伸び、凝り固まった身体をぱきぱきと解す。
「……とりあえず、シェイクとハンバーガーでも食べて、落ち着きたいな」
とにかく、少しでも非日常から脱したかった僕は、何となしに思いついたことを口ずさむ。
それを聞くなりヴァロックは、にぃっと大きな口を歪ませ、くすくすと笑った後、僕の前をゆっくりと歩き始めた。
「それじゃあ、まずは腹ごしらえでもするか。細かいことはその後考えりゃあいい」
楽しそうな男の声をぼうっと聞きながら、僕は小さく頷いた。
幸いこの近所には、夜遅くまで営業しているファストフード店がある。そこへ行って、腹ごしらえでもしよう。
僕が起こした事件を隠ぺいするのは、恐らく不可能だ。だから、どこへ逃げるか、ハンバーガーでも食べながら、ゆっくりと考えよう。
疲れ切った僕の脳内は、一刻も早く休みたいと悲鳴をあげている。
だから、僕はその声に従うことにした。
冷たい夜の往来を、僕ら二人はひたひたと、歩く、歩く、歩く。