Empty corpse
1-1
――ああ、どうしようか。

 今にもほどけそうな、灰色の雲が漂う、黒の絵の具を塗りたくったかのような、べったりとした夜空の下、身を引き裂くかのような、凍てついた空気が、重たいガスの如く、狭い路地裏に漂っている。
 そんな辛気臭い路地裏の中央で、ちかちかと忙しなく点滅する、背高のっぽな街灯の光を浴びながら、僕は静かに項垂れていた。
 滑りやすく、街灯の光を反射する、無機質なアスファルトの上に佇む僕は、自身の薄汚れた安っぽいスニーカーを眺めながら、ただ、ただ、ぼうっとする。
 考えなければならないことは山積みだ。寧ろ、進級テストの最中の学生の如く、必死に考えなければならないだろう。
 しかし、そんな僕のがらんどうな頭の中にあったものは、たった二つだった。
 後悔、そして焦燥。このたった二つの歯車のみが、僕の脳内で目まぐるしく働いていたのだ。
 愉悦なんてものはない。真冬の外気に晒され、身体は芯から冷え切っているにも関わらず、頭の中は溶鉱炉の如く熱く、今にも溶けだしそうだった。

 ……ああ、とうとう、やってしまった。
 ぐしゃりと長い前髪を掻き上げ、熱く茹だる額を抑えながら、僕は足元に転がるそれに、恐る恐る目をやった。

 神様に見放されたかのような、寂しさだけが漂う寒空の下、僕は人を殺してしまったのだ。

 足元のそれは、今にも悲鳴を上げそうな程に、口元をぱっくりと開いており、目は皿のように真ん丸に見開かれている。
 そして僕とお揃いの、深海のように蒼いその瞳は、瞬き一つせず、僕をじっと見つめていた。
「……見ないでくれよ、見るなったら。死んでしまった君が悪いんだから」
 抑揚のない疲れた声が、隙間風の如く、乾いた口からひゅうと漏れ出す。
 そうだ、僕は悪くない。ただ、ただ、目の前のこれが悪いんだ。
 そうでなければ、こいつも、僕なんかに殺されることはなかっただろう。

 灰色のアスファルトを、さらに黒っぽく染め上げる、足元の肉人形から溢れた液体を、僕はぼうっと見つめ、小さくため息を漏らし、流れるように視線を動かす。そして、今度は右手に握った鋭利な包丁を、時折ぼやける視界の中に捕らえた。
 それは、多少刃渡りが長い程度で、どこのホームセンターにも売っているような、至って普通の包丁だ。
 その至って普通の包丁が、目の前に転がる、人間であったものの真っ赤な体液で、ぬらぬらと不気味に濡れている。
 漫画や映画では見慣れた光景が、いざ現実のものとなると、それはあまりにも生々しく、悪寒が走る程には悍ましかった。

 僕は指の一本一本を、ゆっくりと包丁の柄から剥がし、そのあたたかな液体を纏った刃物を、からんからと地面へ落とした。
 ……幸い僕は、真っ黒で厚い手袋をしている。指紋は恐らくついていない。
返り血も多少浴びてしまったが、カラス色の安いパーカーのお蔭で、間近で見られない限り、気付かれることもないだろう。
……気付かれないと、信じたい。
 そう願いながら、僕はくるりと踵を返し、その場を後にした。

 勿論あの肉人形をどうにかしなければならない、どうにかして隠さねばならない。そんなことは子供だってわかる。
しかし、僕はあまりにも無計画すぎた。計画云々以前に、僕は咄嗟に行動しすぎてしまった。
あの物言わぬ人形を運ぶ術も、隠す術も、何も思い付きやしない。僕の鈍い頭では、ろくな案が思いつかない。
 何せ僕は、車に乗ってきたわけでもなく、何かを用意して来たわけでもなく、
ただ包丁を隠し持ったのみの、手ぶらに近い状態で、この路地裏まで来てしまったのだから。
[1/4]
BACKNEXT→
しおりを挟む
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -