十月二日
 久しぶりの図書室だった。いじめられて以来、昼休みに図書室に行く時間など、なかった。
「少し前まで、図書室でよく見かけたけど、最近見なかったから、心配だったんだよ」
 サガさんはそう言って、僕の隣に座った。足の震えと腹痛は、知らず知らずのうちに、おさまっていた。
「つらかったな、もう大丈夫だ」
 サガさんは、突然、僕の頭をそっと撫でた。サガさんは、僕がいじめられていることを、見抜いていたのだろうか。
 森の中に突然現れた、救世主。きっと僕を、森の出口まで連れて行ってくれる。
「どうして……わかったんですか」
「さっき、ミムラ先生と保健室に向かっている最中、保健室を足早に出ていく人影が見えたんだ。それから、君の震える足。もしかしたら……いじめられてるんじゃないかって思ったんだ」
 たった、それだけで。まるで、名探偵だ。
 気づけば、涙が出てきていた。それは、いじめを見抜かれた恥ずかしさからではなく、いじめに気付いてくれた人がいるという、安堵感からだった。
 森にも、雨が降る。けれど、このまえの雨とは違って、あたたかい雨だ
 サガさんは、僕の背中をさすってくれた。その手は、とても温かく、優しい手だった。
 サガさんが背中をさすってくれたからか、わりとすぐに泣き止むことができた。それから、サガさんにすべてを話した。しばらくして、担任のカトウ先生が図書室へやってきた。
「カトウ先生、僕からお話が」
 サガさんは、カトウ先生を廊下へと連れ出した。おそらく、いじめのことを伝えているのだろう。廊下から話し声がした。
 話し声が止むと、カトウ先生とサガさんは、図書室へ戻ってきた。戻ってくるなり、カトウ先生は僕の目の前に立った。
「どうして言ってくれなかったんだ」
 開口一番、僕にそう問うた。僕は黙ったままだ。どうして、と言われても、言うのが怖かったのだ、単純に。
 森の木が、雷に打たれて、倒れてくるような衝撃。
「どうして、どうして、言ってくれなかったんだ」
 やめてくれ、これ以上僕にその質問をしないでくれ。これ以上聞かれたら、ああ、もう――。
「いい加減にしてくださいよ、カトウ先生!」
 サガさんの声だった。
 カトウ先生は、体をうろたえさせて、一瞬後ずさりしたが、すぐに背筋を伸ばした。
「な、なんですか、いきなり」
 動揺は、おさまっていないようだけど。
「無理に理由を聞く必要はないでしょう。カトウ先生には、ユキヤくんの気持ちが、苦しさが、わかるんですか」
「だったら……サガさんには、わかるんですか」
 若さゆえだろうか、軽く喧嘩腰になっている。
「わかりますよ、ちょっとだけなら」
「なんでそう言えるんですか」
「とにかくわかるんです、僕には。……今日は帰ってください。それが、ユキヤくんのためです」
 カトウ先生は、サガさんを一瞥すると、足早に図書室を出て行った。
 やはりサガさんは、救世主だ。倒れてくる木を、支えてくれた。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いやいや、こっちこそ勝手に言っちゃって、ごめん」
「ところで、どうしてわかるって言えたんですか?」
 べつに大した意図はない、なんとなく聞いた質問だった。けれどサガさんは、僕を見つめながら、しばし沈黙した後、口を開いた。
「わかるんだよ、とにかく」
 昼休みから、図書室の開室時間になってしまうということもあり、僕は昼休み前に一人で歩いて帰宅した。帰り際、カトウ先生に会った際、「今日のことはご両親には僕から伝えておくから」と言われた。
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