十月二日
 ナガタ先生の勧めもあり、いったん保健室へと登校した。保健室に入ってすぐのソファに座ると、足の震えは、まもなくおさまった。腹痛も、徐々に、痛みは小さくなっていく。ナガタ先生は、養護教諭のミムラ先生に「あとはお願いします」と言って、保健室を出て行った。
「ユキヤくん、何かあったの?」
 単刀直入に聞かれた。落ち着いた顔をして長髪をなびかせながら、あまりにもストレートに聞くので、一瞬、驚いた。
 単純な体調不良でないことを、白衣を着たミムラ先生はすでに、わかっているのだろうか。
 僕は口を結んで、なにも答えなかった。仕返しが怖かった。先生にいじめられていると言ったことが、ハルヒコたちにばれたら、どんな仕返しをされるのか、考えただけで恐ろしかった。
 しばしの沈黙の後、ミムラ先生が僕に向かってしゃべりかけた。
「今は言いたくないのね、わかった。言いたくなったら、いつでもいいから、なんでも言いなさいね。……一瞬、用事があるから、なにかあったら、職員室に行きなさい」
 ミムラ先生は、そう言うと、保健室を出て行った。
 森に現れた、白衣の女神。女神は、僕を森の出口まで、連れて行ってくれるのだろうか。
 ミムラ先生が、保健室の戸を開けた瞬間、外からざわめきが聞こえた。それで、今の時間が休み時間なのだと気づく。少しだけ、嫌な予感がした。もしかしたら――。
 そう思って数秒もしないうち、保健室の戸が開いた。ミムラ先生が帰ってきたのかと思ったが――違った。
「よう、こんなところにいたんだな」
 聞き覚えのある声だった。うつむいていた顔を見上げると、やはりハルヒコだった。嫌な予感は的中した。まるで、ミムラ先生がいなくなるのを待っていたかのようにやってきた。足がまた、震えだした。腹痛が、ぶり返してきた。僕は黙ることしかできなかった。
 森でさまよう僕の目の前に、裏切り者が登場。
「おい、先生に言ったらどうなるか、わかってんだろうな。言ったら、許さねえからな」
 僕に顔を近づけ、ドスの利いた声でそう言うと、先生が帰ってこないうちにとばかりに、保健室を足早に出て行った。
 それからすぐに、ミムラ先生は保健室へと戻ってきた。ただし、ひとりではなく、どこかで見たことのある、若い男性と一緒に。
「ユキヤくん、どうしたの?」
 僕の震える足に気付いたミムラ先生が、僕にそう問いかけた。
 僕はやはり、黙ったまま何も答えなかった。ハルヒコにあんなことを言われたから、余計に怖かったのだ、仕返しが。
 ミムラ先生と一緒に来た若い男性は、僕のことをじっと見ていた。
「ユキヤくん、だっけ。いつも図書室によく来てくれてるよね。良かったら、図書室に来ない?」
 唐突、だった。僕は思わず、肩を大きく震わせた。
「ああ、突然ごめん。僕は、この学校の図書室で、学校図書館司書をしてる、サガダイスケっていうんだけど……」
 思い出した。そうか、図書室の司書さんだ。
「いいんですか?」
「もちろん、かまわないさ」
 僕の問いかけに、サガさんは、笑顔でそう答えた。
「それじゃ、少しこっちで預かりますね」
 サガさんは、ミムラ先生に向かってそう言うと、「さ、行こう」と僕のほうを見ながら、保健室の戸に手を掛けた。
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