9.不安な予感

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 可那子さんのアパートは、奇偶にも左良井さんのアパートの近くだった。ほぼ同じ道のりを、僕は少し前もこうしてあの人に肩を貸しながら歩いた。

『左良井さんといるより楽しい?』

 そんなこと、比べたところでしょうがないじゃないか。どっちといるのが楽しかろうと、左良井さんとは疎遠になったし、今僕の隣にいるのは可那子さんなのだから。左良井さんともう一度話したいという気持ちだってあるし、今は可那子さんを大切にしたいという気持ちだって本当だ。
 左良井さんと一緒にいることは確かに楽しかった。でもだからと言って可那子さんと一緒にいることが楽しくないなんてことはない。あれも本心、これも本心。本心の裏にだって本心はあると僕は思う。本心を隠すために並べる建前とは違う。二つの本心を秤にかけたときに、より現実的な本心を選んだだけのこと。
 玄関に入って靴を脱ぐのを確認して、ちゃんとベッドに寝かせる。これもまたデジャヴ。

「謙太くん、好きだよぉ……」

 枕に頭を沈めた可那子さんが唐突に呟き始めた。

「まーちゃんみたいに綺麗じゃないし、頭も良くないし、不器用だし、寂しがりやだし、人間としても全然子どもみたいけど……ずっとずっと見てたんだよ。
 謙太くんに可愛いって言われて、すっごく嬉しかったんだぁ。本当に本当に謙太くんと付き合ってるって信じられないくらい、今、すごく幸せ……」

 へらっと力なく笑う可那子さんの意識が、だんだん遠のいているのが見て取れた。目は空ろになり、繋いだ手に込められる力がだんだん弱くなっている。

「本当にあたしでいいのかなぁって……あたしいっつも、いっつも不安だよ」
「左良井さんは……」

 初めて出会った頃よりも少し、可那子さんの髪の毛は長くなった。指先だけでそっと触れると、茶色い髪は柔らかく僕の指の間を滑る。

「僕を嘘つき呼ばわりする、嘘つきだから。何もないよ」

 すぅ、と聞こえてくる小さな寝息。果たして僕の声は届いたのだろうか。
 淡いピンク色に染まった頬を眺めながら、僕はしばらく彼女の頭を撫で続けていた。


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