9.不安な予感

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 それにしても絵に描いたような泥酔というか絡み酒である。そして知らない人だ。

「へへぇーこんな学科入るんじゃなかったって思ってないー? こんな先輩でよければぁーよろしくぅー」
「間違えて自分のじゃないアドレス送ったりしないで下さいよ?」
「ふふ、大丈夫ですぅー。私、マツヤマミドリっていう名前だからねー」

 彼女はそのまま寝てしまった。思わず永田と顔を見合わせる。

「先輩、なんだよな」
「そうだろうね」
「……膝に胸当たってんだけど」
「知らないよ」

 酒に酔えば美人も台無しらしい。うだうだと呟きながら意識を失いかけている彼女は、薔薇にように綺麗な人だった。

「んで。可那子ちゃんと、進展ある?」

 膝の上の麗しい先輩も何のその、先ほどの会話の続きをしようとする永田の滑稽さの方が際立ったが、ここで笑うのは適切でないことくらいは分かった。

「……好きが僕には分からない。でも、努力はしてる。一緒にいて楽しいと思える程度にはなった」
「左良井さんといるより楽しい?」

 僕は返答に窮する。

「楽しさは比較できるものじゃないと思ってる」

 やっとという感じで出てきた言葉は少し、力んでしまった気がした。





 飲み会はお開きになる。今夜は永田のアパートに泊まる予定だ。
 飲み屋を出て永田が出てくるのを待つ。向かいの道路を走る数少ない車を数える僕の肩を背後から力強く掴む手。

「君に使命を与えよう」
「は?」

 永田の親指が指すのは飲み屋の入り口。

「可那子ちゃん、助けてあげな。
 あと、俺先帰ってるから。来ても来なくてもどっちでも良いよ」

 そう言い残し、永田は合鍵を僕に渡して家路についてしまった。良い予感は微塵もしないけれど、可那子さんの名前を出されては行かないわけにもいかない。
 先ほどまでいた座敷に戻ると、畳にへたり込む女の子と、その子を囲む女の子二人がいた。

「うー……んー……」
「大丈夫? かなちゃん」
「大丈夫……立てない」
「それ大丈夫って言わない……あ、越路くん!」
「ふぇっ、謙太くんっ?」

 もう呼び方などまるで気にしていないようだ。このことに関してはあれだけ僕に念を押すほど神経質だったのに、相当酔っているらしい。

「よ、よよよ酔ってないよ大丈夫だから……」
「分かってるよ」

 大きな瞳が白黒する様子が面白い。僕はしゃがみ込んで右手を差し出す。

「でも、外が暗いから。一緒に帰ろう」

 ぽけーっとしたままの可那子さん。彼女の反応を待つのを諦め、立たせようと彼女の左手をとる。するとさっきまで可那子さんと話していた女の子が後ろの方できゃっと楽しそうな悲鳴を上げたのが聞こえた。


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