6.一年生秋

33

 帰り道。さっきの話だけど、と志摩さんが首をかしげた。

「越路くんは、海外に行ったことがあるの?」

「いいや、ないよ」

「じゃあ、越路くんの知ってる寒いところってどこ?」

 僕は少し考えるための時間をもらった。言葉を頭の中でまとめおえて、僕は口を開く。

「とりあえず、一人暮らしよりも周りに人がいる場所だったね。あと、明るくて眩しいくらいだった」

 志摩さんは、良く分からないという顔をする。まあ、当然だろう。

「温かい場所だったんだ。だから激しい温度差で寒く感じたのかもしれないね」

 ふうん、と軽い相槌をうって、志摩さんは少し俯いたまましばらく静かに歩いていた。

「志摩さんは、嘘つく?」

「そりゃー、まー……」

 歯切れ悪く、にへ、と笑って志摩さんはそう答えた。

「嘘で人を守る事って出来るかな」

 志摩さんが目を見開いたのと、ぴくっと歩調が一瞬乱れたのは同時だった。

「わかんない……でも、完璧な嘘なんてないんだから、守りたい人を完全には守れない気がするよ」

 「どうしてそんな変な事聞くの?」と笑ってくれたら……と期待していた自分に気づく。でもそれと同じくらい僕は、彼女が次に発する言葉も期待していた。

「それに……自分を隠すのは苦手だな……」

「じゃあ、例えば、ね。僕に彼女がいるとして、僕は自分に彼女がいるだなんて誰にも一言も言った事がない。つまり、僕は自分を『隠して』いる。これは嘘になるのかな」

「彼女、いるの……?」

「例えば、だよ」

 にこりと笑ってみせると、志摩さんは丸めた両目をほっと細めた。

「うーん、それは嘘じゃないと思う……言ってくれたら嬉しいと思うけど、」

「嬉しいの?」

「嬉しいよ! だって、そういうのって誰にでも言う事じゃないでしょ? それをちゃんと越路くんの口から聞けるってことは、それだけ信頼してもらってるっていうか……」

 午後八時の暗闇に強く輝く志摩さんの瞳が、不思議で仕方なくて、面白かった。

「志摩さんは、すごく真っ直ぐに育ったんだね」

「やだ、なにその言い方っ。笑わないでってばー」

 悪意のない純粋さに、僕は嫌気がさしていたはずだった。それなのにどうして、彼女の一言一言に心が躍る。


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