6.一年生秋

34

「嘘に守られる必要もなく、強く育ったんだねってことだよ」

 僕のその一言に、志摩さんは僕からふっと目をそらして前髪に手をやった。

「嘘なんて、つかなくていいじゃん……?」

 きゅっと絞るように出された声なのに、どうしてこんなにも透き通っているのだろう?

「嘘をつかない方が楽しく笑えるよ。泣きたいときに泣いた方が心はすっごく楽だよ……きっと」

 僕はいまだに楽しい気分が続いていたけれど、彼女の表情を見てそれを今表に出すのは得策でないと判断した。

「勘違いさせちゃったかな。僕は別に嘘をついて生きてるわけじゃないよ。僕はありのまま」

 両手を広げ、肩をすくめてみせる。コメディタッチの洋画にありそうなポーズだ。

「それに、僕は泣かないし……」

 心の底から笑う事もしない。

「泣かない事が辛いと思った事もないんだ」

 そもそも辛いなんて僕は思ったりしないから。
 大学前を横切る大通りはいつの間にか終端を見せ、僕は駅へと、志摩さんは脇道の先のアパートへと歩みを進める事になる。

「貴重な意見をありがとう。じゃあ、またね」

 面倒ごとは全部未来に投げてしまえばいい。未来は確実で、それでいて曖昧だ。
 よく考えたら、人間らしく生きる事を求められたことなんて一度もないのである。それは僕を育てた親にだって、一度たりとも。

「今日の越路くん、なんか怖かったな……」

 彼女は半身を返して遠ざかる小さな背中を見つめる。

「それに、言ってくれたら嬉しいと思うけど……」

 彼女いない方が私は一番嬉しいんだけどな、と呟いた志摩さんの声は僕には届かなかった。


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