6.一年生秋

31

 やっぱり、私に幸せは似合わない――

 彼女の言葉が頭をよぎった。やっぱり≠ノいい含まれた彼女の思いを、僕は無意識にも無視していたんだと気づいた。

「こうして君と話していることも嫌なんだけどさ、まーちゃんにどういう経緯でばれるかわかんないからね。でも言わなきゃ君は一生まーちゃんを傷つけ続けるんじゃないかって思ったら、耐えられなくて」

 こんなことを僕に言って伝えて、咲間さんは何がしたいのか、僕にはそれが分からなかった。ここまで僕のことを嫌悪して、左良井さんの気持ちも僕より先に知っておきながら、なぜ僕に接触を試みたのか、僕は彼女の真意が読めなかった。

「咲間さんにとっては、所詮他人事じゃないか。どうしてこうまでするのか、僕にはそれが分からない」

 素朴な疑問に対する答えは、咲間さんからの平手打ちだった。肩にかけていた黄土色のショルダーバッグがドサッと重たい音を立てて足元に落ちる。

「薄情者」

「なっ……?」

 情もなにも……。

「あんたの話をしてる時の真依が、一番幸せそうに笑うからだ。真依がなんで大学休んでたのかも知らないくせに、そんなことも分からないなんて、」

「えっ?」


 しかし、ホロッと零れそうなほどに溜まった涙が落ちる前に、咲間さんは僕に背を向ける。

「……君、人間じゃない」

 そう言い残して僕の前から立ち去った。唐突に、講義室がざわざわと騒がしくなった気がして、僕は辺りを見渡す。しかし見渡しても人影は一つもなくただ整然と机が並んでいるだけだ。

 僕は、紛れもなく人間だ。今だって左良井さんとの時間を、言葉を、鮮明に思い出すことだってできる。

「僕は、人間だ――」

 左良井さん、あなたはどうして嘘≠ネんかを求めるんだ。
 左良井さん、あなたはどうして僕なんかを求めたんだ。
 僕は、人間だ。僕は、誰よりも左良井さんを思っている。

「僕、は……」

 僕は、僕は、僕は……。


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