6.一年生秋

28

 秋の陽は、つるべ落とし。
 夏休みが終わって、天気はすっかり秋めいた。陽が沈み空の赤の眩しさも穏やかになってきた頃、僕の足は大学のキャンパスを踏んでいた。

 広いキャンパスは、僕がどんなに歩いてもその縁を跨がせてはくれないようだ。夜風は濁りなく、その心地よさは僕の瞼を有無を言わせず閉じさせる。目をつむってしまうと本当にキャンパスに閉じ込められているような感じがして、見上げても見えない星の光だけが薄い皮膚の上から眩しく感ぜられていた。

 夜に飲み込まれていく世界の、今一番暗いところに僕は今立っている。

 いつの間にか僕に寄り添う彼女の影を映していたらしく、僕はたまらず目を見開いた。あと数歩で階段、というところで足が止まっている。そこから落ちていくような錯覚に僕の背筋は凍り付き、立ち尽くしていた足が一歩後ろに下がる。

 階段なんて、いつも意識しなくたって降りているじゃないか。彼女と一緒なら、いつも彼女の方を見ながら降りていたじゃないか。どうしてこんなに浅い階段を目の前に僕は怯えている?

 かつての日常から「彼女」というたった一つの要素が抜け落ちる、ただそれだけのことで動揺を隠せないでいる自分を無視することはもはや不可能だった。

 彼女が僕の日常を形作っていたことに今更気付いても、彼女はもう僕の隣には来ないだろう。僕が彼女に話しかけられる機会など、もう巡っては来ないのだろう――そう思うだけでこんなにも息苦しくなるだなんて、今までの僕には知り得なかった。

 日常が失われた――世界を包む空気のように、「日常」が穴だらけの僕の人生を埋め尽くしてくれていたということに気付いたとき、僕はもう手遅れだったのだ。

「ねえ、ちょっと」

 闇に沈み行く帰路につく僕の背中にかけられた低い声。振り返って一番に目についたのは、拳ほどの大きな銀のリングピアスだった。

「時間ある? まあ、無くてもついてきてもらうけど」

 タバコをくわえていてもおかしくなさそうなその風貌に圧倒され、僕は断る選択肢も与えられずついていく。


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