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「もっと早くに越路くんに会っていたら、良かったのに」
怒りとも悲しみともつかない切なく寄せられた眉は、初めて見せる彼女の表情だった。
どんな言葉でも評価しきれない、目の前の彼女は美しかった。
(……『評価』)
「でも……きゃっ!」
僕は底を知らない恐怖心に駆られ、なにか言いかけた彼女を身体から引き離す。語るに記憶が怪しいけれど、多分突き放すように彼女の肩を押したんだったと思う。
「ご……ごめんなさい……」
「あ、違うんだ。ごめん、気持ちは嬉しいんだけど……」
彼女はしゃがみ込んだ。立ち尽くした僕は彼女を見下ろすことしか出来ないでいる、それが僕をさらに責め立てた。
「……ごめんっ」
僕はその場から走りだす。「ごめん」と言い残すことが、そのときの僕の精一杯だった。
肩で息をする。どこをどう走ったのか全くわからない。踏切の遮断機に阻まれて僕は立ち止まった。ダッタンダッタンと目の前を通り過ぎる電車が、上りなのか下りなのかも分からなかった。
『評価』――まるで芸術作品を見るかのような僕の思考回路。
人からの好意はありがたく受け取るものであり、人からの敵意は適当に受け止め適当に流す。それで僕は今までの人生をやってのけたのだ。言ってしまえばそれは、僕の人生がそれでやっていける程度のものだったということでもある。
そんな適当な人生の前に突如現れたのが、左良井さんだった。
彼女の好意はとても嬉しかった。今ま出会ってきた誰よりも、彼女は僕の興味をくすぐってくる人だった。純粋に僕は、彼女と仲良くなりたいだけだった。
そして彼女が近づいた途端に、この様だ。
僕の「純粋」とは一体なんなのだろう。彼女の身体が温かいことも、彼女の息遣いが僕の胸のあたりで繰り返されていることも感じていた。そして何より、ああして彼女からの気持ちを真っ直ぐにに感じていながらも、それでも僕はそれを受け止めることをしなかったのだ。僕の「嬉しい」はおそらく感動ではなく感謝だった。それを僕は知って、そこから逃げてきた。
「僕という奴は……」
僕は僕に失望する。それは、もはや感情を失った僕自身を哀れんだのではない。
僕に好意を寄せてくれるくれる人に対して、最高の対応が出来ないことに失望していたのだ。
長い、長い夏休みが始まった。
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