5.一年生夏

25

 足枷を付けられたような足取りは、見ていても痛々しかった。

「試験は終わったよ。どうしたの左良井さん」

「少し……具合が……」

「具合が悪いならどうして駅から出てきたの。電車に乗らなくたって大学病院があるじゃないか」

 彼女が唇を噛み締めたのが分かった。嘘をつくなとは言わない。ただ、今左良井さんがついた嘘は全然彼女を守れていない。
 そんな無駄な嘘は要らないんだ。

「試験は……追試も無理ね……。遅延証明書もなければ、病院の診断書もない……」

「どこにいたのさ、事情を話せば教授だって手を打ってくれるかもしれないよ?」

「無理よ!」

 その剣幕に、僕はぐっと息を詰める。

「昨日もいなかったよね。……何かあった?」

 三ヶ月で変わるようなことなど大したことではないと、さっき思ったばかりだった。それなのに何かあったかと聞かれた瞬間に歪んだ彼女の表情にうろたえる僕がいる。

「越路くん」

「いや、やっぱりいい」

「あたしは……」

「言わなくていい。無理やり聞いてごめん」

 言葉は都合がいい。言わなくていいと彼女を気遣ったんじゃない。今だけはどうしても『聞きたくなかった』んだ。

 乾いた唇を湿らせ、顔の筋肉を緩めて見せる。僕はいつだって笑える。いつだってそういう風に生きてきたのだから。

「まあ、昨日今日のことくらい長い目で見れば気にするほどのことじゃないさ。持っている実力を出せなかったのも残念なことだけど、出せる実力を持ち合わせてないわけじゃないからね」

 人の悲しい顔を見るのは好きじゃない。左良井さんのように些細なことで心を疲弊するタイプでない僕は、元気づける意味を混めて彼女の肩をポンと叩いた。触れた瞬間びくりと鋭く反応する彼女の様子に脊髄反射で僕は右手を引っ込める。

「あ、ごめん。触られるの、好きじゃなかったんだよね」

 宙に浮いた手をとりあえず頭にもっていく。「いやぁ、あはは」と笑うのはあまりにありきたりだと自分でも思った。別の話題でもないかなと試験で疲れた頭を振る回転させようとしたときだった。

 彼女が、音もなくこちらに歩み寄ってくる。会話の距離を超えて、いわゆる「僕の領域」の中に彼女が入り込んでいく。

「さらいさ……ん?」


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