5.一年生夏

24

 期末試験から開放されたのは、降りしきる雨の中だった。前線がちょうど通過している真っ只中で、僕たちの夏休みの駆け出しはあまりいいものとは言えなかった。

 帰り道、歩道を踏む靴に雨水が染み込んでくる。今日の試験の出来はまずまずだった。講義で扱った項目を中心とした記述試験、自分の中にあるものを全て吐き出せた感覚が残っている。

 ただ、不安なことはなくもなかった。僕は腕時計を確認するふりをして後ろを振り返る。

(……いない)

 同じ講義をとっていたはずの左良井さんを、今日一度も見かけなかった。途中退席して早々に講義室を出た人もチラホラいたが、僕は時間いっぱい使って最後に退室した。途中退席した人の中にも、僕のように最後に答案を提出した人の中にも、左良井さんの姿は見られなかった。


 駅が近づく。中にはキャリーバッグを引いてホームに向かう人もいる。夏休みの実感が少しずつ湧いてくる。
 帰省、か。離れた実家とその街のことを一瞬思って、すぐ頭から消した。

(今回は……パスしよう)

 もう少し、もう少しだけ落ち着いたら帰ろう。その方がきっといい。
 見慣れた帰り道の風景は今日も変わらない。入学ガイダンスの次の日にこの道を左良井さんと歩いたことも覚えている。思えばあれからまだ三ヶ月しか経ってないのだ。夏草が茂ってきたこと以外に何が変わるというのだろう。

 大学前の駅のホームで電車を待つ。向かいに、反対方向の電車が滑り込んだ。バタバタと足音を立てて降りていく人ごみの中に、深い沼を歩いているかのような足取りを見た。それはその中であまりに異様で、人はそれを鬱陶しがって避けながら改札に向かう。

 僕は待合ベンチから腰をあげ跨線橋を渡り、反対側ホームへと歩みを早める。先ほど通った改札とは真逆の出口から定期を通して出るとき、定期券の便利さをじんわりと感じた。


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