5.一年生夏

22

 日差しが強いせいで窓際の席は人気がなかった。月々の電気代に一喜一憂するこの季節、ここぞとばかりに誰かがクーラーの設定温度を下げる。90分の講義が終わる頃には二の腕が少し冷えていた。

「今日の講義はここまで。最終レポートはちゃんと締切守って、時間にゆとりを持ってだそうね。んじゃ最後に出席確認しますよー」

 講義が終わる直前、教授が出席簿をざっと眺めてあれっとこぼした。

「サライさんって、今日欠席だったんかい?」

 専門科目の講義は少人数だから、教授によってはフレンドリーに接してくれることもある。ひそひそ、と女子が振り返りながら聞きあって、

「今日は欠席みたいです、特に聞いてはないんですけど……」

と自信なさげに答えた。
 専門の講義しかない金曜日。左良井さんはその日全ての講義を欠席していた。




 来週の頭で試験期間が終わる。試験前に講義を休むのは、講義に出るほどの余裕がない人と試験を諦めている人くらいだ。そのどちらにも左良井さんは属していないはずだと思っていた。ましてや今日は金曜日で、土日を挟む分試験勉強はいくらか楽な日程だ。
 越路、と呼ぶ声は永田のもの。

「晩飯どっか食いにいかねー? 今日なんか作るのめんどいわ。明日土曜だし車もあるから遠出も出来るし」

 確かに空腹感がある。時計を確認すると、18時を回ろうとしていた。

「僕は大丈夫だよ、どこでもいい」
「じゃー……ちょっと探すか」

 この地に移ってから三ヶ月、この辺りに居を構えているわけではない僕は、大学周辺の食事どころをほとんど知らない。慣れた手つきでスマートフォンを操作し手頃な店を検索している永田が、いかにも大学生らしいように見えた。少なくとも自分と同じ時代を生きてきて、今同じ空間を共有しているとは到底信じがたいように思えた。

 僕はこの眩しすぎるくらいの青春が詰まった空間で、ただひっそりのうのうと過ごせればそれでよかった。好かれることは嫌われること以上に面倒で、それゆえに最低限の興味しか持つことができない。白黒はっきりとつけず、白でも黒でもない曖昧な線を確かにつけて、距離を測って生きていく。

 僕は、そうして生きていかなければいけない人間なのだ。

「越路くん」

 荷物をまとめ終え永田の返答をぼんやりと待っていたところ、再び名前を呼ばれた。


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