4.研修旅行

18

 夜の親睦会は、欠席させてもらうことにした。みんなの喧騒は遠く聞こえ、いつもいる世界から隔離されたような気分になる。

 部屋の鍵は、部屋にいることになっている僕が預かっている。そして今僕は部屋にいない。

(夜は流石に冷えるかな……)

 先程まで永田と話していたロビー。玄関と直結しているせいか、ふわりと揺れる夜風が指先を冷やした。

 日本で生まれて日本で育ったのに、物心ついた頃から外人扱いだ――

 永田が、僕たちとは違う血を持っていることを知った。もちろん、人間というカテゴリからすれば全く異ならないけれど。

 僕はただ顔立ちが綺麗な細い男だと思っただけだった。それはきっと、アジア系の血も少しばかり混じっていたからだろう。もちろん本人から聞かないと真相は分からないけれど。

 日本で生まれ日本で育ち、得意な言語は日本語。それなのに彼が持っている見た目はいわゆる日本人とは少し異なるものだった。大学という空間で金髪という見た目は目立たなくなっただろう。カラーコンタクトという便利なもののおかげで青い目はうまく隠すことが出来た。

 そうやって彼が一番隠したかったのは、昔から背負い続けてきたコンプレックスだったのではないだろうか。

「薄着じゃ体に障るんじゃない?」

 予想しない方向からの予想しない声に、体全体がびくりと震えた。一応僕は、部屋で大人しくしていなければならない身なのだ。

「驚きすぎ」
「はあ、左良井さんか」

 そのまま就寝できそうな簡単な服装なのに、どこか洗練されたような雰囲気なのは彼女自身によるものなのだろう。

「左良井さん、親睦会は?」
「『具合が悪いから』休んだ」

 さらりと言いのける彼女に僕は言葉を失う。

「ふふ、こうしてみんなと違うことしてると、すごく悪い気がして気持ちいい」

 唇の形はあまり変わらないけど、声色でなんとなくわかる彼女の楽しげな様子。

「見かけによらず悪趣味なんだね」

「それが部屋を抜けてこんなところにいる人のセリフ? ……越路くんは、そうは思わない?」

「わからなくはないけどさ」

 誰も困らない落とし穴を掘って楽しんでいた幼少期を思い出していた。誰にも見つからず誰にも咎められず、それでいて悪いことだという自覚だけを楽しむような感覚だ。僕はそのことを彼女に話した。

「落とし穴ね……面白いことしてたのね」

「最初は宝探しの気分で掘ってたんだ。それがいつの間にか目的が変わっていってね。それでも高々子どもが掘る穴でしかないし、団地の隅とか公園の砂場とか他愛ないところばかり掘ってたから、誰にも咎められなかった」

 善と悪が分かり始める頃、僕は穴を掘りながらその境界線を探していたと言うのだろうか。


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