4.研修旅行

17

「馬鹿、勘違いすんな。……ほら、よく見ろよ」

「……え?」

 早まったのは僕だった。永田が指をさしたのは、彼の青い瞳。

「青い……?」

 僕の記憶だと、永田の瞳は確かに黒かった。

「髪だって、全然プリンになってないだろ。染めた金髪なんかじゃない。これは青いカラコンでもない。これは全部生まれ持ったもんだよ」

「……ハー、フ?」

「ハーフっちゃハーフだけど……日本人の血はちっとも入ってないな」

 ため息混じりに返事して永田はどっかりとソファに座りなおす。

「両親どっちも日本人じゃないよ。国籍はこっちに移したけどな。日本で働いてるから家でもふつーに日本語で話すし」

「得意な言語は?」

「日本語だよ」

 肘で軽くどつかれる。

「日本で生まれて日本で育ったのに、物心ついた頃から外人扱いだ。小さい時なんか友達いなかったよ。高校時代なんかは結構もてたけど、みんなにとって俺の価値はこの珍しい見た目だけ」

 くくく、と笑って永田は続ける。

「親不孝なこともしたさ。……ま、だからって俺はお前に向かって『どうせお前もそうなんだろ』って言ったりしねえけど」

 だって、普通じゃないのは俺の方なんだから、と永田は自嘲気味に笑う。ネックレスの鎖がチャラ、と小さく音を立てる。

「普通の人間なんていないさ。どんなに努力したって、努力すればするほど普通が見えなくなる」

 普通に生きていても手に入らない普通が、本当に普通なんだろうか。

「かといって何もしなくても落ちぶれていくだけだしね。変わらないようにいようという努力なんて、時間が止まらず流れていく限り、人間がそれに勝てずただ老いていく限り、無駄だ」

 説得でもない、慰めでもない。僕はただそう考えているだけ。

「そのままの永田でいればいい。別に見た目とか、親とか、関係ないよ。僕は今目の前にいるのが永田だという認識しかしてないし、それ以上でも以下でもないと思ってる」

 だから、『友達』が何なのかもよくわかってないんだけどね、と心の中で続ける。さすがにそれを正直に口にするのは躊躇われた。

「隠したって飾ったって嘘になるなら、何もしない方が楽だろう。普通になろうとして他の人がしていないことまでしなきゃならないんだ? 僕にはそれが分からない。
 めんどくさいこと考えないで、楽に生きようよ。今まで苦労したんなら、尚更だ」

 驚いたような表情に、僕が戸惑いを覚えた。それも束の間、堪えきれないという風に永田が噴き出す。

「……っははは! それがお前の慰め方か?」

 永田はやっぱり、爽やかに笑うのだ。勢いをつけてソファから腰を上げ、振り返りながら僕に言った。

「……風呂、入るかな。お前ももう一回入れ」

「えっ、やだよ。疲れたしバスタオルだってもう濡れてるし……」

「こんな話させた後に俺に一人で入らせる気か? ほら、早くしろよ」

 『させた』って、永田が勝手に話したんじゃないか、強引だなあ……。しぶしぶ、僕は風呂用の道具を再び握り直して永田を追いかける。風呂から上がってきたらしい僕らと同じ部屋の人たちが、熱いから気をつけろよ、と永田に声をかける。

「……あいつらにもおいおい、だな」

「もう今夜でいいんじゃない?」

「お前……それはちょっと酷だよ」

 くっくっくと笑った、その彼の表情に翳りは一切無かったと思う。


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