18.一枚の新聞記事

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(また、ここだ)
 逃げられないなら、悟るより他に無い。もう何度目だろう、ここに舞い降りてくるのは。
 視界の向こうで片手で手を振り僕に背中で別れを告げるのは、あの日の左良井さんだ。それを棒立ちで見送る僕自身もまた、手前に見えている。今の僕はこのシーンの観察者でしかない。
(変えられないんだ、この世界は)
 何度この場に降り立っても、どんな手を使っても、この運命を変えることはできなかった。
 なのに僕はなぜ、この場面を夢見てしまうのだろう。
(いつまでこれを、見続けなくてはいけないんだろう)
 滑り込む列車、身を裂くほどに大きく響きわたるブレーキの音、駅の人々の悲鳴、どよめき。
 轟音に飛び上がるほど驚いている目の前の僕は、両足を震わせながら身を翻して走り出す。帰省ラッシュだったのか、駅のホームは混乱で渦を巻いていた。中途半端な位置で停車する電車。ホームに転がる一個のスチール缶。
 走りながらなぜか思い出したマナの死。あれは僕の目の前で起きたことだった。僕は燃えていた命の灯が消えてなくなる瞬間を知っている。僕の目の前で倒れたマナは、ほとんど生きているときと同じ状態で永遠の眠りについた。苦しそうに顔を歪めてはいたし、涙と涎でぐしゃぐしゃだったけど、それでも体は傷ひとつないまま呼吸だけが止まった。
 線路を覗き込んだ僕の眼前に広がる世界は赤かった。真っ赤な車両、真っ赤なカーディガン、真っ赤なヘッドライト。華やかさの欠片もない世界が真っ赤な夕陽とともに沈んでいった、この瞬間から僕は逃れられずにまたこうして出くわしている。
 最後の最後まで彼女に差し伸べる手も持ち合わせていなかったというのは、あまりに残酷すぎる結末だった。



 目が覚めて、時計の表示が土曜日であることを確認する。いつもと同じ所で目が覚めたようだ。ふらふらと立ち上がって郵便受けを覗くと、一通の封筒が見える。貼ってあるシールには今日の日付。日付指定郵便という制度は知っていたけれど、実際に送られてくるのは初めてだった。裏を返して宛名を見る。
「……!」
 落ち着いた黒ボールペンの、右上がりの流麗な筆跡で書かれた名前。
「左良井、真依……?」
 これが、あの日約束した彼女の遺書であることは、開けずとも容易に察せられた。


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