18.一枚の新聞記事

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 直近の僕の着信履歴には、同じ名前が幾つか並んでいた。
『永田慧』
 入学から程なくして仲良くなった僕と左良井さんだけれど、最近ではほとんど接点をなくしていた。だから左良井さんに関して僕を心配するのは、後にも先にもこいつだけだった。
 その優しさが、今は鬱陶しくて仕方がなかった。だから履歴には名前が連なるばかりで、実際のコンタクトはこのところ皆無と言っていい。
 図書館で集中力を切らせながら、半ば強制的に勉強に励んでいた。
 学校を離れ駅に向かうと、見慣れた影が立っていた。
「よぉ、ご無沙汰」
「ああ、いつぶりだろうね」
 永田はいつの間にか黒髪に変わっていた。でも持ち前の存在感は相変わらずだと思った。そして彼は今、一番会いたくない人物の一人でもあった。
「電話に出ねえなら、直接会ったほうがいいだろうなって思ってさ……でも今日図書館でお前を見つけたのは偶然だ。勉強の邪魔はしたくなかったから、ここで待ち伏せてた」
 そう言って笑った彼の顔には陰りが見えた。あまり眠れていないのだろうか、目の下にはくまもある。
 そこからアパートに着くまでの帰途の間、僕たちは口をきかなかった。男二人が会話もなく一緒に電車に乗っても、違和感を持たれにくい。男同士でよかったと言えば、まあそうなのかもしれない。
「まぁなんつーか、その……。ほっとけなくてさ、お前のこと」
 アパートについてようやく永田が口を開く。僕は冷やしてあったリンゴジュースをコップ二つに注ぎ、テーブルに置いた。
「受け入れてるのか、ちゃんと」
「ああ、わかってるよ。何のために僕がこうして毎日確認してると思ってるんだ」
 僕はクリアファイルを手にして、見出しを読み上げる。
「『線路転落事故、女子大生一名死亡』……左良井さんの名前は珍しいからね、どんなに目をそらして読んでもこれは左良井さんに他ならない」
 心配をかけまいと、やんわりと笑って見せた。対照的に、永田は沈痛な面持ちで僕から目をそらした。
「……葬式はもう終わったんだろうか」
「時間も経つし、そうだろうね」
それから特に話が発展することもなく、じきに永田は部屋を後にした。「無理だけはするなよ」と一言だけ残して。
 玄関の壁に掛かった鏡の前で、さっき永田にしたように柔らかく笑ってみる。しかし鏡に映っていたのは苦痛に歪む見たこともない男の顔だった。鍵を閉め震えながら一息ついてドカドカと廊下を踏み鳴らして歩き、力任せに冷蔵庫の扉を開けた。6本入りの紙ケースを取り出して、ビリビリに破り捨てて缶のタブを上げる。
「……ぷはっ」
 一つ、二つ、三つ……軽く潰された空き缶を数えてみるが、三つ四つあたりでどうでも良くなった。
「いつ飲んでも苦いな……」
 お酒の席は何度か経験したことがあるが、自分からアルコールを買ったことはなかった。普段買っている飲み物よりもずっと値が張っていたが、そんなことはどうでもよかった。
 全部忘れたかった。即効性を考えて保険にかけていたのがこれだった。
『――酷い顔ね』
「……僕だって、車にしか酔えないわけじゃない」
 プシッとタブを上げてまた一口口をつける。麦の苦さと鼻に抜ける香りに顔をしかめ、げふっと空気を吐き出してはまた飲む。それがすごく苦しくて、不思議と心地いい。
「左良井さん、僕は……」
 アルコールの作用でホカホカと内側から温まっていく感覚は、誰かに抱きしめられているかのようだった。床に体を預けた僕は、それに応じるように自分の肩を抱きしめる。
「君に、会いたいよ……」
 まどろみが僕を襲う。フローリングは火照った頬から熱を奪っていく。固いその感触は頬の血流を遮り感覚を麻痺させ、僕はそのまま宙ぶらりんな世界へと誘われる。


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