17.別れの時

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 そんな状態だったものだから、彼女の唇がふわりと僕の首筋に当てられたとき、思わず体が震えた。
「なんかいつもより素直だね、左良井さん?」
「言わないでよ」
 お互いを求めあう引力で、自然と顔を見合わせる。相変わらず深い黒を湛える瞳は真っ直ぐで、僕の身体の深いところまで刺さっていくような気になる。
 肌からの放熱を感じる。吐息は甘くて、あたたかい。唇はきっとリップクリームが薄く塗ってあるだけで、それなのに白い肌に映える綺麗なピンク色をしている。左良井さんは初めて見たときから、とても魅力的だ。
「そんなこと言われたら、しないわけにいかないじゃない」
 この距離感でする会話が好きだ。話し声を、耳じゃなくて唇で聞くような距離感。彼女の表情のわずかな変化が、温もりと共に感じられる。
 強がっても震える僕の声を聞いた彼女は照れたように、しかし心底楽しそうに微笑んだ。
「でも……」
 しかし僕はそんな可愛らしい反駁も待たずに彼女の唇をふさぐ。触れるか触れないかの距離感を測るのにはもう慣れたけど、そのむずむずした感触が生み出す気持ちの高まりにはたぶんいつまでも慣れられないんだと思う。
 それは彼女も同じようで、薄い皮膚の感覚は、反応をみる限り彼女の方が甘くて鋭い。唇だけの触れあいなのに、どうしてこんなにも全身が虜になるのかは、永遠の謎かもしれない。
 一度顔を離すと、キラキラと濡れた瞳で見つめ返してくる彼女がいた。僕は今、彼女とキスしてたんだ――そう再認しただけで、背筋の下の方をすっと撫でられたような感覚に襲われる。
 交わす言葉もなく、僕らは再び柔らかな快感を求めあう。
 周りの肌とは違ってツルツルとした下唇を舌でなぞると、一瞬ピクッとこわばったものの、すぐに彼女の小さい舌も応えてくれた。言葉の要らない、これもまた会話なのだと僕は理解した。彼女もまた、減っていく二人の時間を惜しいと思っているのだと強く訴えていた。
 目をつむって、暗闇の中で彼女の中を探っている。濡れた唇はヒヤリとしていながらも敏感で、普段の状態ならくすぐったいと感じているだろうこの感触も、彼女の香りに包まれて全て快感へと変わる。
「左良井さんに会えるなら、僕はできる限りのこと全てしてでも、左良井さんに会いに行くから」
 キスの合間に彼女に投げつけた言葉の後、不意に唇が塩味になった。流れる涙の粒が彼女を息苦しくさせていたみたいで、唇を離した彼女に胸を貸す。僕はそのさらさらとした髪に絡まないようゆっくり指を通していた。
 不思議なほどに、時間が経過するのを感じない。もっと踏み込んだ言い方をするならば、今≠ニいう一点を感じることしか出来なくなっているような気がした。


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