17.別れの時

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 夢の中では思い通りに動けない。でも今の僕は確かに僕の意思で動いている。
 呼吸が落ち着いたのを見計らって指先で黒髪をかきわけると、薄くて白い耳を見つけた。――僕が感じているこの今≠ウえも、左良井さんは夢だと言ってしまえるの?
「ひゃっ」
 上の方に丸く張り出している耳殻を前歯で甘噛みすると、彼女は足下をふらつかせて吐息を漏らした。バランスをとるために、僕の服の生地をキュッと握りしめている。
 そこから耳たぶへと、乾いた舌先で軽くなぞってあげると、息を乱し膝を震わせて彼女は悶えた。離れようとする彼女の後頭部を手で押さえると、我慢していたらしい声のトーンが少し上がる。
 僕らはどうなりたいのだろう。僕らはお互いに何を求めているのだろう。離れることをこれ程までに惜しく、切なくさせるのは、一体何なのだろう。
 そのまま耳をやわやわと味わいながら、右手では薄いのに柔らかみのある腰とそのくびれを撫でた。この一枚下に、彼女そのものがある。手探りでブラウスの裾を探しだし、指先を差し込もうとした。
「ねぇ、やっぱり苦しいの?」
 僕の胸を強く押す力で、二人の体は離れた。
「越路くんが好きなのは、誰なの?」
 その一言で、僕はようやく現実に戻ってくる。
 もうすぐ、電車が来る時間だった。

 駅までまた肩を並べて歩く。一歩歩みを進めるごとに、左良井さんの長い黒髪が空気に撫でられる。
「じゃまた。い……手紙、待ってるよ」
 人が行き来する駅の近くで、「遺書を待ってる」などと口にはできなかった。僕から離れた彼女は、消え入るような声で呟いた。また抱き締めてあげたくなる、この時間がいとおしくも切ない。帰路へと振り向きかける彼女の背中を、思いのままに抱き締めた。
「できることなら何でもするなんて、もう言わないで」
 え? と背後から聞き返す僕の両腕が、上からギュッと小さな両手で包み込まれた。
「嬉しいけど……悲しくなるから。何でもなんてできっこないんだから、そんなこと言わないで」
 でも、嬉しかったよ、と僕の手の甲に唇を掠め、彼女は振り返ることなく駅へと歩き始める。片手だけ振って、もう送らなくて結構、のサイン。
 遠ざかる彼女は、なぜかはわからないけれど、一回り小さく見えた。


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