17.別れの時

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 南の方で桜の開花が観測され始めたらしい。僕たちがいる場所まではまだ遠いかもしれないけれど、春が二人の間に迫ってきていた。
 友達にも恋人にもなれなかった僕らの別れに添える花はなかった。
「電車まであと一時間くらい、なんか話さない?」
 でもこんな風に左良井さんから話を持ってきてくれるようになったのは、正直嬉しいことだった。
 僕らは川沿いの道に足を向ける。軽い足取りのまま、人気のあるようなないようなひっそりとしたビルと車の間の、駐車場の空いているスペースに到着する。
「今度ここに来るのは、いつになるかな」
 繋がっている僕の左手を、彼女がその両手に納めながら言った。
「さあ。それは左良井さん次第」
「……越路くんってたまに意地悪だよね」
 どこか怒ったような口調だ。ため息混じりに彼女は続けた。
「もっと時間と心に余裕が出来たらいいのに。二人でのんびりするのもたまには悪くないわ」
 昔みたいに、と僕を見ずに続ける。彼女の言わんとすることは、聞かずとも明らかだった。
 こんな風にできる時間は、もうわずかしか残されていないのだということ。
「ま、それはいずれ」
 建物の影に二人の身体が隠れるや否や彼女を壁際に追い詰め、驚きに揺らぐ彼女の表情で遊んだ。
「ちょっ……」
でも僕と左良井さん、二人だけの世界は夢とは呼ばない。
「二人きりになって、左良井さんは僕と何かしたいことでもある?」
 これ以上近づくと触れてしまう、文字通りの至近距離。言葉を詰まらせたその困惑の表情に、期待が少なからず見え隠れするのがわかった。軽く弾む呼吸のリズムが鼓動に呼応する。彼女の照れ隠しそのものが、素直な反応として僕の目に、耳に届く。
 僕の視線に耐えかねたのか、彼女の方から目をそらされた。
「……恥ずかしい」
 ト、と彼女の額が僕の胸に預けられた。小さな頭はホワリと熱を持っていて、頬は紅く染まっている。相対的に冷たい僕の手のひらがその桜色をくすぐると、慎ましい唇の両端がキュッと愛らしく上がる。それを隠すように彼女が再び、さっきよりも強く僕の胸に顔を埋めた。
「恥ずかしいけど、ないことも、ない……」
 そんな彼女の掠れた声を間近で聞いて、僕の理性はギクリとその機能を失いかける。彼女の柔らかい体の奥の鼓動を、触れている部分で感じていた。


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