15.悪夢

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 両手で抱えるほどのファイルを、部屋の隅の棚に一冊一冊ゆっくりとしまう。たまに用もないのにファイルを開いて中身を確認するふりをしながら、時間を稼ぐ。マナの話を聞いてからはもちろん、出会った当初からとにかく僕は瀬崎が苦手でしょうがなかった。
「……先輩、一言よろしいですか?」
 振り返るといつの間にか彼女は僕の背後にいた。物音も気配すらも消せるその技に僕は恐怖さえ感じて後ずさろうとするものの、一歩を下げたその脚は棚に打ち当たる。動悸は激しくなり、乱れそうになる呼吸をぐっと飲み込んで我慢した。焦りを悟られたらいけないと、そればかりを考えては焦っていた。
 そんな僕に構うことなく、彼女は小さな白い手を僕の胸の当たりに伸ばし、高校指定のネクタイを掴んで強く引っ張った。自らの低い身長に合わせろとばかりに僕の頭を引き寄せる。
 そして僕の初めての唇を無情にも奪い去ったのだ。
「マナ先輩は、あたしのものです」
 それはキスと呼ぶには到底味気ない、言ってみればマーキングのような口づけだった。
「発言と行動の関連が見えてこない。とりあえずこういうことは相手の了承を得てからしてくれないかな」
「そういうことはもう少々抵抗を見せてから言ってくださいね、ケン先輩」
 ネクタイから手を離し、潔く背を向け清楚に歩き出す須崎の背中で、美しい黒髪が揺れていた。扉に近づくと、その向こうからハセの疲れたような顔が近づいてくる。遅すぎたと言えばそうなるが、面倒なところを見られずに済んだから結果的によかったのかもしれない。
「お、ナッちゃんか。いらっしゃい」
 疲れた表情が、須崎を前にしていつもの会長モードに切り替わる。須崎は丁寧に会釈をして、「近くに来たので、ご挨拶だけ」と言い切ってそのまま退室した。大したものだと思った。
「おしゃべり?」
「他愛無い方のね。……そういやマナは?」
「写真部の部室にいたのを見かけたよ。なんか忙しそうというか、厳しい顔をしてたよ。文化部はこの時期コンクールも近いし仕方ないね」
 僕は壁にかけられたカレンダーを確認する。今日は水曜日だ。
「ふうん……。今日は写真部の活動日じゃないだろう。マナはそんなに忙しいのに、なんであの子は暇そうなんだろうね」
 少し考えて、曖昧な笑顔でハセが答えた。
「……そういえば、そうだな」
「ま、どうでもいいけど」
 どうでもいい。さっきのことも、さっきの須崎の発言も。


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