2.茜

コンフリクト

学校は確かに遅刻ギリギリだった。1時間目はまたもやホームルームだった。沙織は溜息をつきつつ、朝のことばかり考えていた。

(まさかね…確かに茜さんも他人とどこか線を引いたようなところがあるけど、そんなわけないもの)

しかし、耳に残るのは先ほどの茜の言葉。

『神社に私たちより年下の女の子なんて、いないわよ』

きのう、確かに結李は『神社に住む咲ちゃんが』と言っていた。それを聞いていた恵美子も、何故か声を荒げたもののそのこと自体を否定したり訂正したりはしなかった。
もしかしたら、茜が勘違いしているだけなのかもしれない。でも。

(さっきのあの表情…)

普段どこか冷めたような顔しかしない彼女の、初めて見た表情だった。まるで、何かを堪えているような、胸の中で感情がせめぎ合っているような。

「起立!」

始業のチャイムが鳴ると同時に教室のドアが開き、黒田が入ってきた。美弥が号令を掛け、全員が立ち上がる。一礼してみんなが着席すると、黒田が黒板に大きく何かを書き始めた。そこには角ばった字で『文化祭 制作委員長 』と書かれてあった。沙織はどきりとした。きのうの一件を思い出したからだ。黒田は一瞬だけちらりと沙織のほうを見たが、すぐに視線を外して全員に向き直った。そして、朗々とよく響く声で言った。

「きのう決まりきらなかった文化祭執行部の最後の1人を決めようと思う。制作委員長は執行部の中でも大切な役だ。よく考えて推薦するように」
「だから、きのう言ったじゃないですか。執行部には広島さんを入れるべきだって」

高い声でそう言ったのは美弥だった。

「きのううるさかった誰かさんももう執行部に入っちゃったんだから、何も反論できないでしょ?ね、広島さん。もちろんやってくれるわよね?」

広島カナミが俯いた。沙織は唇を強く噛み締めていた。ひざの上で握りしめたこぶしが震える。そんな沙織を、美弥は鮮やかな笑みを浮かべながら勝ち誇ったように見下ろしていた。

「それとも…きのう広島さんを救ってあげたスーパーヒーローさんは、執行部の掛け持ちくらいどうってことないんじゃないかしら?」

美弥のとりまきたちがどっと笑う。沙織は悔しさのために、目の前が真っ赤になった。思わずその整った横っ面をひっぱたきそうになった手を、かろうじて膝の上に押し留める。ちらりと黒田のほうを見ると、黒田はさも愉しげな笑顔を浮かべながら沙織を見ていた。そして明るい声で言う。

「こらこら後藤さん、そんな言い方はよくないよ。でも、宇都野さんならほんとに掛け持ち出来るかもしれないな。なんせみんなの憧れるスーパーヒーローだからね」

またクラス全体がどっと笑った。沙織は今度こそ立ち上がって教室を飛び出しそうになった。思わずこぶしで机を叩きそうになった、そのときーーー。


ガシャン!


それは一瞬の出来事だった。
何かが猛スピードで窓ガラスを突き破り、美弥の方向へと狙いを定めたかのように一直線へ飛んでいく。クラスの全体が息を飲み、声を失う。「危ない!」ーーーそう声をあげることさえできなかった。

が、次の瞬間、その何ものかは今までのスピードが嘘かのように美弥の足元へと静かに落下した。誰もが状況が飲み込めず、部屋には妙な沈黙が流れる。その中で、美弥がひとりふふっと笑い声を漏らした。沙織が驚きながら見上げると、彼女はその綺麗な口角を吊り上げて一定の方向を見つめていた。そう、教室の窓側の隅の席ーーーつまり、茜の席である。

「茜……私を殺す気?」

美弥の声は驚いているどころか、愉快そうですらある。

「…別に。あなたがこんなことで死ぬとも思ってないし」
「そう。それはどうも」

美弥の栗色の瞳と、茜の漆黒の瞳が絡み合う。二人を除いたその場の誰もが何が起こっているのかわからず、ただただ目を見開いている。沙織ももれなくその中のひとりだった。

「で?私に堂々と喧嘩を売ったわけだから、そういうことだと思っていいんでしょうねえ?」

美弥が妖艶とも取れるような笑みを浮かべながら茜の席へと向かう。茜は特に何を言うわけでもなく、ただじっと無表情のまま美弥を見つめていた。そうしている間にも美弥は茜の正面へと回り込む。座ったままの茜を見下ろして美弥はもう一度言った。

「いいんでしょうねえ?結城茜さん?」

張りつめられた沈黙が流れた。時間にすれば僅かなはずなのに、このまま息が詰まってしまいそうなほどの重圧を感じる。その間、茜は表情を変えず、ただじっと美弥を見つめており、また美弥も妖艶な笑みを崩さないまま茜を見つめていた。

何時間にも思える沈黙の後、茜がゆっくりと立ち上がった。

「制作委員長は、私がやります」

凛とした声が静寂に落ち、美弥の口角が一層吊りあがる。クラスに妙なざわめきが起こった。

(…どういう、こと…?)

沙織はただただ、ひたすら目を瞬かせていることしかできなかった。

(二章・終)


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