2.茜

疑惑

道をいつもより少し早足で歩いていると、目の前に一人の少女の姿が見えた。それも、沙織と同じ制服を着ている。

(あれ?こんなところ歩いてるってことは、私と近いところに住んでるってことよね。ご近所さんかしら?でも… )

沙織の家は学校からかなり離れているから、同じ学校の生徒で近くに住んでいる人はほとんどいないと聞いている。第一、自然に囲まれた田舎のため、沙織の家の近くには人が住んでいそうなところなどほとんどない。あるといえば、家から徒歩10分くらいのところにある城白神社ーーーそう、きのう結李が話していた『咲ちゃん』の住む神社、くらいだ。

(ってことはもしかして…きのう結李が話していたあの『お姉ちゃん』…!?)

過去に黒田先生とのなんらかの揉め事があり、それ以降周囲に心を閉ざしてしまったという少女。

沙織は思わず声を掛けようとしてとどまった。確かに黒田先生の話は聞きたいし、今後の参考の為にも何があったのかは知りたい。しかし、だからといっていきなり話しかけるのはどうだ。第一、相手が本当にあの『お姉ちゃん』かどうかさえ、まだ確かでないのだ。

おまけに、この後ろ姿はどこかで見たことがある。
漆黒の髪に細い足。決してどこかを見ているようでもなく、かといって俯いているわけでもない、ただまっすぐと前を向いて歩いている淡々とした姿。

「茜…さん…?」

そう気付いた瞬間、沙織はびっくりして思わず声を出してしまった。
と、目の前の少女はその声に反応して足を止め、ゆっくりと振り返る。沙織はこの振り返り方にも見覚えがあった。
そう、つまり目の前の少女は紛れもない結城茜だったのだ。

茜は珍しく少し驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの表情へと戻り、冷たい声で言った。

「…早くしないと、遅刻すると思うけど」

そのまままたくるりと背を向けて歩き出そうとするが、しかしここで引き下がることは沙織には出来なかった。
もし、黒田との確執を持つ少女が茜だったとしたら。その好奇心のほうが、無神経だという常識的な判断を上回ってしまったのだ。

「待って!…茜さん、この辺りに住んでるの?」

これくらいなら特に怪しまれないだろう。
そう思って投げかけた質問に茜は振り返りもせず、相変わらず抑揚のない声で「そうだけど」と答えた。

(やっぱり…!ってことは…)

「じゃあ、妹さんっていたり、する…?」

てっきり、いる・いないという二択のうちどちらかの答えが淡々と返ってくるか、或いは教える義務はないとつき離されるかということを予測していた沙織は、その場に流れた奇妙な沈黙に些か驚く。

そして、しばらくの沈黙ののち、茜はゆっくりと振り返った。その漆黒の瞳と目が合い、思わずまた吸い込まれそうになるような錯覚を覚える。が、このときの茜の瞳は、昨夜見たときほどの強さや威力はなかった。
単純に、昨夜はあの暗闇と混ざり合って、黒の深さを強くしていただけなのかもしれない。

「いないけど。…どうして?」

そんなことを考えていると、茜が問いの答えを返してきた。

「う、ううん!なんでもないの!私の妹が、きのう家の近くの神社に住んでいるお友達について話してたから、もしかしてと」
「神社に私たちより年下の女の子なんて、いないわよ」

茜が普段よりいくらかきつい口調で言った。沙織が驚いて逸らしていた目を茜に戻すと、茜は目を細めてどこか遠くを睨みつけているようだった。

「あの…茜…さん…?」

沙織が、初めて目にした表情に戸惑いながらも声をかけると、茜ははっとしたように何時もの表情へと戻り、またくるりと踵を返して歩き出してしまった。


[11/15]

←BACKTOPNEXT→


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -