▼ 02
九条は眉間に皺を寄せながら俺を睨み、そして言った。
「お前、二重人格すぎんだろ」
「今お前って言った?」
冷たい声を出せば、ぐっと押し黙る九条。ふん、馬鹿な奴。まだ分かんねえのかよ。どっちの立場が上か。
お前が理事長の息子だろうと何だろうと、関係ない。俺にとっては所詮ただのクソガキだ。弱みを握られるようなスキを見せるなんて、能無しとしか言いようがない。
「…藤城」
「殺すぞ。何でお前に呼び捨てにされなきゃなんないんだよ」
「っクソが…」
せんせい、と屈辱を滲ませた声がする。耳を澄まさねば聞こえないようなか細い声だ。
…そう、それでいい。自然と笑みが零れた。
「九条くんは素直だなぁ」
「うるせぇっ!仕方ねぇだろうが!」
「仕方ないって、何が」
「…っ」
ボッと赤く染まる奴の顔。何だこいつ気持ち悪い。恥ずかしがってんの?それとも照れてるわけ?どちらにせよ理解が出来ない。
「この間のこと思い出してんの?」
「ちが…」
「まぁ確かに衝撃的な体験だったわ。痛い痛い言いながらイくやつ初めて見た」
「言うな!」
「事実だろ。っていうかさっさと探せよ」
「いてっ」
一刻も早くこの埃臭い空間から出たいんだ俺は。軽くその辺に置いてあった本で頭を殴ると、九条は小さく声を漏らした。
「やっぱり二重人格じゃねぇか…」
違ぇよ。社会人としての社交マナーだ。
*
「なぁ、その本ってこれ?」
少し奥の方(一層埃臭かったので近寄りたくない)の本棚を探していた九条が、一冊の本を持ってくる。
「あぁそうそう。これだ」
ありがとな、と軽くお礼を言うと、奴はちょっとだけ驚いたような顔をした。
「何だよその顔は」
「いや…おま…先生は、そーいうの言わない人かと」
今こいつお前って言いかけた。まぁいいけど。
「お礼も言えないほど小さい人間じゃねぇからな、俺は」
「ふーん。…じゃ、俺もう帰る」
「は?」
「え?」
資料室から出て行こうとする九条の腕を掴む。分かってる。一刻も早く俺の元から去りたいんだろう。だがそんなことはさせない。
幸いなことにここは密室。こんな古臭い場所に来る人間なんていない。さっきちゃんと内側から鍵もかけておいたしな。
「待てよ。まだちゃんと…お礼、してねぇだろ?」
「そんなもん別にいらねぇ!離せ!っいてぇ!」
指が食い込むほど強く強く握り締めれば、九条が暴れだした。どうやら危険な空気を察知したらしい。必死に逃げようともがく。しかしちょっと抵抗した程度では逃げられるはずがない。
「う…っ」
ガタン、と大きな音がする。俺が奴の身体を壁に押し付けたせいだ。
「おま…え、ふざけんな!離せ!どけよ!」
「またお前って言った」
「っ、こんなことするからだろ!」
キャンキャンうるさい野郎め。自分の置かれた状況がまだ分かっていないのか。
九条のキツい瞳が俺を睨む。しかし10歳以上年の離れた子供に凄まれたって、何の恐怖も無い。ただただその姿が滑稽で、俺はニヤリといやらしく笑った。
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