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とある生意気な生徒を指導した。クビになってもまぁいいか、くらいの軽い気持ちだったのだが、幸いなことに予測していたその事態は免れた。
何故かと言われれば答えは簡単である。
奴は自分の父親、つまり理事長に自分がされた仕打ちを報告しなかったのだ。
いや、できなかったと言った方が適切かもしれない。
「じゃあ今日はこの間の続きからやるぞ。テキスト開けよー」
教壇に立つと、教室全体が見渡せる。…九条は、やっぱり来ていない。
アイツ、本当にお坊ちゃまなんだろうな。今まで屈辱なんて味わったことなくて、周りの人間は全部自分の思い通りで、ぬるま湯につかったみたいな人生を送ってきたんだろう。
それがぱっと出て現れたよく知らない教師…しかも男…に突然ぶち壊された。
今頃引きこもって泣いてるんじゃねぇか?誰にも言えるわけないもんなぁ、あんなこと。
まさか俺も靴で踏んだだけで射精するとは思っていなかったし。最高だったよアイツの涙に濡れた顔は。
「ちゃんとみんな訳してきたか?当てるからな」
いけないいけない。今は授業中だ。歪みそうになる口元を引き締め、教科書を持ち直したそのとき。
「…」
教室の後ろの方のドアが開く。九条だ。相変わらずの仏頂面で、俺のことを睨んでいるようにも見える。
…飛んで火にいる夏の虫っていうのはこのことか。
「おはよう九条」
優しい笑顔を向けながら挨拶をすると、奴は一瞬肩を跳ねさせた。しかしすぐに表情を取り繕って、無言で席に着く。
あーあ、おびえちゃって、カワイソ。
周りの生徒たちも奴のことを腫れもの扱いというか…あまり深く関わりたくない、と思っているようだ。九条に過度に気を遣っているのが分かる。
まぁ当然といえば当然。親の権力を振りかざして傍若無人に振る舞ってる奴なんて、何されるか分かったもんじゃないし。
「でも、遅刻は駄目だぞ」
「…うるせぇ。たったの5分だろーが。俺に指図すんな」
うるせぇ、だって?
あぁ本当に…こいつは何にも分かってない。
ふ、と目を細めて九条を見つめる。
「ペナルティとして…放課後、俺の手伝いでもしてもらおうかな」
「なんで俺がそんなこと…」
「九条」
「っ」
俺、ちゃんと言ったよな。大人に逆らうとどうなるか教えてやるって。
*
「うぇ…臭ぇ!なんだこの部屋!」
九条が騒がしい声を上げた。確かに少し埃臭い。すぐに窓を開け換気をする。
この学校、手入れの行き届いているところとそうでないところの差が激しすぎるんだよ。お前の父ちゃんに管理がなってないって言っとけ。
「おい、手伝うって何すればいいんだ」
「本探し」
「本?」
「次の授業で使う話…教科書に載ってる部分だけだと分かりにくいんだよ。だから全文載ってる本を探そうかと思って」
本来なら図書室にあるはずなのだが。この間尋ねてみたところ、ほとんど借りる人がいない上に、古い本だったため資料室に移したという。
まぁそんなマイナーな古典でもないし、探せばすぐ見つかるだろう。
「…」
「おら、さっさと探せクソガキ。何だその目は」
急に黙ってんじゃねーよ。いや騒がれても耳障りだけど。言いたいことがあるなら言えってほざいてたのはどこのどいつだっけ?
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