DOG | ナノ


▼ 06

うるさい。聞きたくない。黙れ。

そんな言葉とは裏腹に、どんどん深くなる口付け。俺の手はいつの間にか奴の両頬を包み込み、逃げられないようにと押さえつけていた。

「は、っ、あ、せん…先生、先…」

九条の手が、俺の肩を強く掴む。

「…うるせぇ」
「…司にも、こんなこと、したのかよ…」
「してない」
「うそ、だってさっき、先生から顔近づけてた…っ」

どうやら先程市之宮とキスをしようとしていた場面をしっかりと目撃されていたようだ。口止めのためとはいえ、「まぁキスくらいならいいか」と倫理観に欠けた考えを抱いていたのは事実だ。面倒なところを見られてしまった。

あれは違う、とか。脅されたから、とか。言い訳じみた言葉になってしまうのが嫌だったが、他にどう説明していいかもわからないので、不本意ながらそう告げた。

「…キスしてくれたら解放する、と言われて仕方なく」
「ほんとに仕方なくかよ」
「こんなくだらねぇ嘘吐くかよ馬鹿が」
「…こんな?くだらねぇ?」

あ、しまった。また地雷を踏んでしまったようだ。

「…腕を縛られてたせいで抵抗できなかったしな」
「…ふぅん…」

ぶす、と九条が拗ねたような表情を浮かべる。

「まぁ、信じてやるよ」

一応納得はしてくれたみたいだが、妙に上から目線なのがムカついたので頬を抓ってやった。痛いと大声で叫ばれて手を離す。だからいちいちうるせぇんだよお前は。高校生にもなってギャンギャン喚くんじゃねぇ。

「お前こそ、何ださっきのは」
「は…?」
「撤回しろ」
「な、なにを…?」

――先生なんか嫌いだ。

泣きながらそう言った九条の声を思い出して、忘れかけていたむかつきが湧き上がってきた。

こんだけ人のことを振り回しておいて、それでもまだ足りないのか。

たかが言葉一つ。されど言葉一つ。お前が言い放ったたった一言で俺はこんなに苛々することができるのに、どうして気づかない。

「俺のことが嫌いか?」

口に出して後悔するが、もう遅い。俺は一体何を聞いているんだ。九条がまた目を見開いた。

「…ううん」

肩を掴んでいた手が俺の背中に移動する。いつものようにシャツを握るでもなく、九条はその手を丁度背骨の通っているあたり、背中の真ん中に優しく添えた。

「好き」
「…」
「好きだよ、先生」

――クソガキが、と口の中で声を噛み殺す。

「嫌いなんて、嘘だ」
「…てめぇ、ふざけんなよ」

俺に嘘を吐くなんて、どんな目にあっても文句は言えねぇな。いつからお前はそんなに偉くなったんだ。

「いてっ」

バチン、と思いの外大きな音が鳴った。俺の指が奴の額を弾いた音だ。

「急に何すんだ!」
「二度と俺に嘘なんか吐くんじゃねぇぞ」
「う…」

九条はツリ目をさらにつりあげて俺を見る。反省するならまだしも睨むとは何事だ。反省の色が見えない。再びデコピンの形にして手を構えると、二発目が来ることを察知してか慌てて額を押さえていた。アホだ。

「何か言うことはないのか」
「ご…ごめん、なさい」
「で?」
「で!?…えぇと、ヤキモチ妬いて、ごめんなさい」
「…」
「あれ、違った?」
「…違ぇよ」

でも。

「違うけど、もうそれでいい」
「?」

ヤキモチ、ね。

「うわっ、やめろよ」

ぐしゃぐしゃと髪を掻き回してやると、九条は嫌そうに身体を仰け反らせる。が、依然としてその手は俺の背中に置かれたままだ。本気で嫌ではないのだろう。

「おい」
「え?」
「俺が今日お前にしてやったこと、挙げてみろ」
「えー…してやったこと…?」
「いっぱいあるだろ」
「お、追いかけて来てくれた…?」
「他は」
「うーん…泣いてる俺になんかいつもと全然違って優しくしてくれた」
「まだある」
「…い、いっぱい…ちゅーしてくれた」

そうだ。手前一人だけのために、今日の俺がどれだけの労力を費やしてやったと思ってる。

「俺にここまでさせた責任、とってくれるんだろうな」
「責任?」
「いいか。一度しか言わない。覚えとけ」
「うん…なに?」
「俺がここまでしてやるのはお前だけなんだから、いちいち妬くんじゃねーよ」
「え」

折角譲歩してやったのに、九条の頭の上には疑問符が浮かんで見えた。もっと直接的な言葉を使わなければ、やっぱりこの能無しにはわからないようだ。

「…馬鹿か。わかれよ」

――曖昧にさせて、逃げ道を作って、そういう話の仕方が得意だった。

しかもそれは、相手が聡ければ聡い程楽で。含みを持たせた俺の言葉を、そいつは勝手に自分で解釈してくれるから。わざわざ結論を言わなくても、勝手に理解してくれるから。

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