DOG | ナノ


▼ 02

「今日は九条と一緒じゃないんだな」

無言のまま並んで歩くのもどうかと思い、とりあえず市之宮が一番食いついてきそうな話題を振ってみることにする。

「…気になりますか」

気にならねーよアホ。

探るような口調になった市之宮に、心の中でそう返事をする。

お前があいつのことを好きなのはわかった。けど、俺はあいつを好きなわけじゃないし、人を勝手に敵認定するのはやめろ。それに敵だとみなしたところでお前は俺に絶対勝てない。

「いや、いつも二人一緒にいるから珍しいと思っただけだ」
「徹平は別のところの片付けに行ってます」
「そうか」

しかも対して会話が膨らまなかった。仕方なく別の話題に切り替える。

「市之宮は、中等部までこの学校にいたんだよな」
「はい」
「じゃあそんなに大きな変化もないとは思うが…こっちの生活にはもう馴染めたか?」
「そうですね。クラスメイトの顔ぶれもほとんど一緒ですし…馴染めたというよりは、以前のペースを取り戻せてきたという感じでしょうか」
「なら良かった」
「あ、授業は少し難しいですけど」
「お前なら心配ないよ」

市之宮の成績はトップレベルだ。どうせ一緒にいるならあの馬鹿に勉強を教えてやれ。頼むから。

「あぁ、ここだ」

弾まない会話に悶々としていたが、幸いタイミングよく目的地にたどり着いたためこれ以上話すこともなくなった。先程の女生徒の言う通り、倉庫の扉は開いている。

「お先にどうぞ。先生の持ってるやつのほうが重そうですし」
「悪い」

両脇に抱え込んだハードルを扉にぶつけないように注意しながら倉庫に入ると、埃っぽい独特の匂いが鼻をついた。あの資料室よりも空気が悪いかもしれない、と思わず顔を顰める。外から差し込んだ日の光の中で小さな塵が舞っているのが見えた。汚ねぇ。

「そっちの分もついでに仕舞うから、貸…」

ガタン。

何故か扉が閉まる。否、市之宮が閉めたと言った方が正しい。光が入らなくなった空間は途端に真っ暗になり、突然闇に晒された瞳では何も見えない状態だ。

――何しやがる、この餓鬼。

「藤城先生」

暗闇で、市之宮の声が響く。

…まさか、と不穏な考えが頭を過った。

「…どうして扉を閉めるんだ?」

いや、仮にもし市之宮が俺に何かをしようとしていたとしても、この非力な少年に大したことはできないだろう。ここはとにかく相手の出方を待つしかない、とその場で動かずに声のする方向を見つめた。

ふ、と柔らかな感触が手に触れる。多分、市之宮の指だ。

「市之宮…?」

なんなんだ、一体。

ごそごそと衣擦れの音がして、今度は手首に何か紐のようなものが巻きつけられる。流石に少し身じろぎすると、市之宮は駄目ですよと言った。

「動かないでください」
「何しようとしてるんだ」
「何って」

ようやく馴染んできた視界。薄っすらと映る市之宮の顔は、途轍もなく楽しそうに歪んでいた。

「いいこと、ですよ。先生」

――は?

「いいことって…」

訳がわからないがとにかく拘束を解かねばと手首を動かしてみても、何故かびくともしない。どういう結び方してんだこいつ。てかなんだこの麻縄。プロか。

「安心してください。ここの扉、内側から鍵かけられるようになってるんで」

市之宮は身動きのとれなくなった俺にぴったりと隙間なく身を寄せた。

「先生…」

さすがの俺でも、この状況はよく理解できない。

「…市之宮」
「はい」
「お前、九条が好きなんじゃないのか」

市之宮が九条に向ける視線、表情、仕草。その全てが通常の「幼馴染」の枠を飛び越えている。それは確かな事実のはずだ。

俺の質問に、市之宮は小さく笑って首を横に振った。

「確かに徹平のことはすごく好きだし、大事な幼馴染みだと思ってますけど…俺が好きなのは先生ですよ」
「…俺?」
「一目惚れしたんです」
「…」

予想だにしていなかった返答に、咄嗟に言葉が出なかった。そんな俺に市之宮は話を続ける。

「俺と徹平の間に幼馴染以上の何かが見えたなら、それは羨望ってことなんじゃないですか」
「羨望?」
「だって先生、徹平のこと好きでしょう?」
「はぁ?」

――俺が九条を好き?何を世迷い事をほざいてるんだ?

「はは、やっぱり先生、そういう声も出せるんですね」
「…」

深い溜息が口から零れ落ちた。

もういい。ここまでされておいて、なおも「いい教師」でいる必要はない。それにこの様子なら市之宮は俺の本性にとっくに気がついていたようだ。俺の仮面もまだまだということだろうか。いや、それは無いと思いたい。こいつが特殊なだけだ。

「…好きじゃねぇよ」

低く声を漏らした俺に、市之宮は一層嬉しそうに口元を緩める。

「誤魔化さなくてもわかりますよ。徹平は先生の特別だ」
「違う。俺と九条はそんなんじゃない」
「そうですか?じゃあ俺が付け入る隙ってまだ結構あるのかな」
「隙なんてあるわけ…」

突然ぐいと頭を掴んで引き寄せられた。やばいと思ったときには既に遅く、奴の唇は俺のそれを塞いでいた。

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