DOG | ナノ


▼ 03

こいつが九条を好いていて、それが理由で俺のことを目の敵にしているのだとしたら。

お前は恨む相手を間違えている。俺は関係ない。お前の勝手な気持ちに俺を巻き込むな。欲しいならくれてやる。俺のことは放っておいてくれ。どうでもいいから。

ほんの少し前ならば、間違いなくそう思っていただろう。

いや、出来ることならば今もそう思いたい。面倒事に巻き込まれるのは勘弁だ。変に構われるよりは、傍観者でいた方がいい。今までだってずっとそうやってきた。

だけど、俺は一度決めてしまった。こいつが――九条が、あんまりにも必死に追いかけてくるから。こうなったらとことん付き合ってやるなんて、そんな馬鹿げた決意をしてしまった。

半ば意地とも呼べるその選択を、たかがこんな小さな子ども一人に切り崩されてたまるか。そんなの俺のプライドが許さない。

「お前が来たら俺が先生に質問する時間が減るだろ」
「徹平の邪魔はしないよ」
「ダメ」

九条が助けを求めるように俺の方を見た。その顔にはありありと「先生と二人が良い」という感情が滲んでいて、思わず笑いそうになる。アホ。二人にはならねぇってさっき言っただろうが。

――そう。それでいい。そうやって馬鹿みたいに真っ直ぐに俺を追いかけて来い。そして市之宮に思い知らせてやれ。俺には勝てないってことを。

「いいよ。二人で来なさい」
「えっ、センセー…」
「九条の質問もちゃんと最後まで聞くから大丈夫だ」

残念そうに眉を下げる九条に微笑んで見せると、分かりやすくその白い頬に紅が走った。俺の笑った顔が好きというのは相変わらず本当らしい。気持ち悪い奴。

「頑張る生徒には俺もちゃんと応えてあげたいしな。その代わり、職員室では騒がないように」
「はい。ありがとうございます」

取って付けたような教師らしい言葉を口にすると、市之宮は屈託なく笑った。

「ほら、もうすぐ午後の授業が始まるからそろそろ教室に戻りなさい」

九条と俺の邪魔が出来て嬉しいのか、自分の申し出が受け入れられたことが気に入ったのか、それともその両方か。そういう笑い方も出来るうちはまだまだ餓鬼だな、と俺は妙な優越感を抱いた。



それからも、市之宮は度々俺の前に現れた。

さらに詳しく言うなれば、俺と九条が話している場に、だ。

ほんの少し廊下で会話を交わしただけでも、俺と九条が揃っているという条件を満たしさえしていれば必ず奴は姿を見せる。目敏いというか、一体どこから嗅ぎつけてきているんだといっそ感心すら覚えてしまう程である。

幼馴染みというだけあって、九条は市之宮が隣にいることに何の疑問も抱いていない様子だ。普通の感覚なら、一人の人間にこれだけ付きまとわれたら鬱陶しくてたまらないだろうに。

市之宮が九条を好いているというのは、見ていれば分かった。九条に向ける視線、表情、仕草…その全てが、明らかに通常の「幼馴染」の枠を飛び越えている。

「徹平」
「なんだよ。くっつくなってうぜーな」
「いいじゃん別に」

…このちんちくりんの生意気の、どこがそんなにいいんだ?分からないのはそこだけである。

市之宮ほどの外見なら、黙っていても女子なんか沢山寄ってくるであろうに。成績も優秀、人当たりはいい、おまけに家がお金持ちとくればモテないわけがない。わざわざ九条を好きになるなんて、変な奴。

「お前体温高いから暑いんだよ」
「徹平だって子ども体温のくせに」
「うるせ…あっ、先生!」

授業が終わり職員室に帰る途中、厄介者二人に出くわしてしまう。しまった。ついいつもの癖でこの道を通ってしまった。この時間ここを通れば、体育の授業を終えたこいつらと会うに決まっている。

いつものように駆け寄ってくる九条。周りに見えないように注意しながら苦い顔をすると、九条はなんだよと拗ねたように口を尖らせた。可愛くもなんともない。

「こっち来んな。さっさと教室に帰れ」
「次昼休みだからそんな急がなくていいんだよ」
「あっそ。どうでもいいけど、さっさと市之宮のとこに戻ってやれば。お前のこと待ってるぞ」

返事もそこそこに再び歩き出そうとする俺のシャツを、九条が掴む。

「なんだ。離せ」
「…ねーだろうな」
「は?何、聞こえねぇ」
「…アンタ、また俺のこと突き放そうとしてんじゃねーだろうな」
「はぁ?」
「前…中津川先生のとこに行けって、言っただろ。それと一緒で、また別の人のとこ…司のとこに行けって、そう言ってんの?」
「…」

何を言ってるんだ、こいつは。

裾を掴む指先が白い。そんなに強く掴んだら皺になるだろうが。怒りたくなる気持ちを堪え、代わりに溜息を吐いた。

「そうは言ってない」
「でも、アンタ最近俺の顔見たら嫌そうな顔するし、なんか避けられてる気するし」

嫌な顔は以前からしていたし、二人きりにならないように気をつけているだけで、別に九条自身を避けているつもりもないのだが。

「…お前がいつもあいつと一緒にいるんだから、仕方ないだろ」

口に出して後悔した。

これではまるで、九条が市之宮とばかりいることを僻んでいるみたいではないか。違う。そうじゃない。こいつが誰と一緒にいようと、そんなことはどうだっていい。

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