DOG | ナノ


▼ 02

「あれは手強いですよ」
「…てめぇ、どっから出てきた」

いつの間にか横にクソ電波女…中津川が立っていた。さすがに少しびっくりする。

「最初からここにいましたけど」
「相変わらずストーカーか」
「九条くんの観察は私の生活の一部ですから」
「あっそ」
「彼には黒髪もとても似合いますね。より純粋さの増した天使というか…とにかく可愛らしい」
「つくづく気持ち悪いなお前は」
「貴方が私をどう思おうがそんなことはいいのです。それよりも藤城先生、あの少年は要注意ですよ」
「あの少年って」
「市之宮くんのことです」

中津川は強い力で俺のネクタイを掴み、ぐっと引き寄せた。やめろ気持ち悪い。何故俺とお前がこんなに近い距離で言葉を交わさねばならないんだ。

「彼は九条くんと十年来の友人です。おまけに市之宮くんは明らかに九条くんに好意を持っているでしょう?」
「あぁ、そう…」

やはり俺の予想は間違っていなかったらしい。どうせなら外れていて欲しかった。この学校では男が男を好きになることが普通なのか?俺には理解が出来ない。しようとも思わない。

「私は九条くんが貴方を好きだと言うから、彼の隣という類稀なる幸福なポジションを渋々譲ってやってるんですよ。あんな若造にみすみす奪われるのを黙って見ているためではありません」
「若造ってお前、婆みたいな言い回しだな」
「うるさいです!」
「つーか離せクソ女。苦しい」
「あぁ、失礼しました。つい力が」

どんな馬鹿力だ。化物かこいつは。

中津川のせいで乱れたネクタイとシャツを整える。この女が生徒に人気の美人教師だなんて、ちゃんちゃらおかしい。ただの変態ストーカーなのに。

「とにかく、九条くんを守れるのは藤城先生だけなんですからね!しっかりしてくださいよ!」
「どうして俺が九条を守ってやらなきゃなんねぇんだ」
「九条くんが髪を黒く染めたのは、貴方のせいでしょう」
「…」

なんで知ってるんだ。そんなことは今更聞く気にもなれないので黙っておく。

「あの子を変えたのは、他ならない藤城先生なんですよ。貴方だって変わらなきゃ不公平です」
「…」
「私は忠告しましたからね!」

――忠告って、何の忠告だ。




とは言え、市之宮に何かしらの敵意を抱かれたのは事実だ。警戒するに越したことはない。俺と九条の関係が万が一知られるような事態が起こってしまったら、そのときは。

そのときは…どうするのだろう。まぁ間違いなく俺の首は飛ぶだろうが。

「先生、今日放課後質問しに行っていい?」
「あぁ…別にいいけど」
「じゃあHR終わったら、資料室の前で待ってる」
「駄目だ。職員室にしろ」
「えっ」

あんな人目につかないところで二人きりになったら、市之宮が変に勘ぐる可能性もなくはない。というか、100パーセント疑いをかけられる。

「なんで残念そうなんだよ。別に職員室でもいいだろ。勉強するだけなら」
「だっ…、だって、センセー、資料室だったら、ちょっと触ってくれたり、するじゃん…」
「…」
「そんなゴミを見るみたいな目すんなよ!!ひでぇな!!」
「勝手に変な期待されても困るんだけど」
「期待なんかしてねぇ!!」

人の気も知らないで呑気にしやがって。あぁ苛々する。小さく舌打ちをすると、九条は大袈裟に肩を跳ねさせた。

「な、なんかアンタ…最近、機嫌悪くね…?」
「誰のせいだ」
「えっ、俺!?」
「俺をここまで苛つかせる奴なんて、お前しかいねぇだろ」

あと、市之宮もだけど。あんな餓鬼一人に振り回されている自分にもまた腹が立つ。

「とりあえず、今後暫くは二人きりにならない。いいな」
「えー…別に今俺金髪じゃねーし、目立たないと思うんだけど」
「うるせぇ。黙って言うこと聞け」
「いてっ」

ぐしゃりとその黒い頭に手を伸ばして掻き混ぜる。初めは違和感を抱かせた髪の色も、今ではすっかり馴染んでしまっていた。

もともとキツめの顔をしていたのが金髪のせいで余計に印象が鋭くなっていたのか、黒髪になったことで年相応の幼さを取り戻したような気がする。

「俺も行っていいですか?」

後ろから突然声をかけられ、咄嗟に手の動きを止めた。市之宮だ。どっから湧いてきたこの餓鬼。

「行っていいって、何に?」

九条は驚いた風でもなく、きょとんとした顔で市之宮に尋ねる。こいつは本当に何も分かってない。阿呆。馬鹿。間抜け。心の中でそんな罵倒を繰り返した。

市之宮の目見てみろ。明らかに俺を敵認定してるだろ。

「徹平、藤城先生に勉強教えてもらってるんでしょう。僕も教わりたいな」

何故俺が貴様に教えねばならんのだ。そもそも教わる気なんてこれっぽっちも無いだろうに。

「市之宮は俺に教わらなくても十分だろう」
「そんなことないですよ。それに…藤城先生の授業、好きなんです」
「はは、どうもありがとう」

お互いがお互いを探り合っている。そんな状況にまた苛々が募っていった。人を苛々させることにかけては九条も同じようなものだが、こいつには悪意がない。でも市之宮は違う。

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