DOG | ナノ


▼ 01

確かに俺は言った。馬鹿みたいなその金髪を夏休み中にどうにかしろと。

「…」

だがこうして予想を裏切られることまでは想像もしていなかったのである。

「な、なんだよ。なんか言えって」

無言のままじっと眺めていると、九条は居心地が悪そうに視線をあちこち彷徨わせた。

トレードマークであったはずの金色の髪はどこにもなく、その頭は濃い黒で染められている。これが九条だと認識するのに少々の時間を有したのは、きっと俺だけではないはずだ。

「言っていいのか」
「無言で見られてると落ち着かねーだろ」
「お前に黒髪は似合わない」
「アンタがやれって言ったんだろうが!!」

全くうるさい奴だ。そういう反応をされることが分かっていたからこそ口に出さないでおいたのに。

「まぁ、いい。ちゃんと言いつけは守ってきたみたいだし」
「えっらそうに言いやがって…」

不機嫌そうに口を尖らせる奴の髪に手を伸ばし、ぐしゃぐしゃと力任せに掻き混ぜた。

「やめろバカっ」
「あ?誰がバカだって?折角人が褒めてやってんのに」
「これぜってぇ褒めるとか言わねーから!褒めてねーから!」
「うるせぇキンキン声を出すな」

サラサラとした感触が指先に触れる。やはりあの金色はかなりダメージが激しかったようだ。黒髪になった今とは随分違う。滑らかでコシのなさそうな、柔い髪だった。

ますます猫みたいだなんてくだらないことを考える。こいつはあくまでも猫じゃなくて犬だけど。

「キンキン声なんて出してな…」
「徹平」

ふと何かに気がついたように顔を上げる九条。それとほぼ同時に後ろから声がする。一瞬誰のことか分からなかった。

「おう、どうした司」

それがこのクソガキのことだと気がついたのは、九条がその呼びかけに返事をしたからだ。そうか、こいつそんな名前してたっけ。

「昼休み、学校案内してくれるって言ったじゃない」
「あーそうだったそうだった!悪ぃ、忘れてた」

司と呼ばれたその男にちらりと視線を走らせる。

くっきりとした二重の瞳に、高い鼻。明々白々な顔立ちに、少し日本人離れしていているような印象を受ける。髪の色も茶色っぽい。ハーフかなにかだろうか。背はあまり高くないようで、ちょうど九条と並ぶくらいだ。

一度でも授業をしたクラスの生徒の顔は頭に入っているが、初めて見る顔だった。ということは、俺が受け持っていないクラスの奴か、それとも。

「センセー。こいつ、今日うちのクラスに転校してきた市之宮司。俺の幼馴染。司、こっちは古典の藤城先生」

やはりそうか。道理で知らない顔なわけだ。

「こんにちは藤城先生。市之宮です。今日からこの学校の生徒になりました。どうぞ宜しくお願いします」
「よろしく。珍しいな、この学校に転校なんて」

私立で中高一貫、しかも学費も学力もそれなりに高いうちの学校は、そうそう簡単に入れるものではない。金が有り余って仕方がないなら話は別だが。

高等部には外部受験で新規に生徒を募る機会は設けられているものの、そうではない時期にわざわざ転校してくるなんて余程の変わり者なのだろう。

「あぁ、僕この間まで両親の仕事の都合でイギリスに居たんです」
「へぇ。イギリス」
「中等部の途中まではこの学校だったので、正確には転校というより戻ってきたって感じですかね」
「そうなのか。じゃあこの学校にいる長さなら、俺よりも先輩なんだな」

爽やかな笑顔を浮かべながらそう言うと、市之宮も同じように人懐こそうな笑みを返してきた。

「…仲が良いんですね」
「え?」
「先生と徹平」
「そうか。普通だと思うが」
「こんなに楽しそうな徹平、僕初めて見ました」

――こいつ…。

笑顔の裏にある不穏なものの気配を感じ取り、俺は対生徒用だった眼差しを観察するためのそれに切り替える。

「たっ、楽しそうになんかしてねーよ!何言ってんだ司!」
「だって徹平、前はそんなんじゃなかったよ。教師なんてうぜーし!みたいな。反抗期、もう終わったの?」
「反抗期っていうな!意地張ってる子どもみたいだろっ!」
「…」

その通りだろ、という言葉はさておき。

この餓鬼、物凄く腹立つ目をしていやがる。

一見すると完璧な笑顔かもしれないが、その奥の瞳が自分を値踏みしているのがありありと読み取れて、俺は内心顔を顰める。大人舐めんなよクソガキ。それで隠しているつもりか。バレバレなんだよ。

あれか。俺と九条の仲を疑っているとか、そういうやつか。幼馴染だと言っていたが、まさかこいつ、九条に惚れてるなんてことは…。

「…」

いや、やめよう。

別に個人の嗜好を否定するつもりはないが、そんな簡単に身近にホモが集まってたまるか。俺も毒されているのかもしれない。九条といい西園寺といい…立て続けに卑近な場所で例を見せられたせいだ。

「九条は熱心な生徒だし、好かれているなら教師としてこんなに嬉しいことはないよ」

とにかく、この餓鬼のことは要注意人物として頭の片隅に置くことにするか。にこやかな表情を崩さないまま無難な返答をしておく。

「熱心?徹平が?」
「最近勉強も頑張ってるもんな、九条」
「え、あ、あぁ…」
「へー…変なの。信じらんない」
「ちょっ、信じらんないってなんだよ!俺まじでちょー勉強してるから。成績めっちゃ上がってるし」

いやそんなに成績は良くないだろうが。嘘は吐くなよ。前と比べれば良くなったというだけだ。

「ふーん…」

市之宮は少し納得がいかないといった様子を見せたが、すぐにこちらに向き直り一礼した。

「これから学校の案内をしてもらう予定なので、徹平をお借りしますね。邪魔してすみません」
「あぁ、いいよ。ただ話してただけだから」
「そうですか」
「早く慣れるといいな。俺にサポートできることがあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます」

では、と去っていくクソガキ二人の後姿を一瞥し、深く溜息を吐く。

――九条。なんなんだよお前は。また面倒事を持ってきやがって。疫病神か。

「…」

自分に注がれた市之宮の視線を思い出す。あんなに不躾な眼差しをぶつけられたのは久々だった。思い出すだけで胸の辺りから苛立ちが湧き上がってくる。餓鬼の癖に良い度胸してんじゃねぇか。

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