DOG | ナノ


▼ 03

お前のことが片隅にでも浮かんだだけで苛々して、無理矢理思考を違う方へシフトして、そんなみっともないことを繰り返している俺は、一体何なんだ。

『あ、ダメ?今のちょっと自分でも健気って思ったんだけど』
「…」
『なんだよ怒んなよー。別に嘘は言ってないんだか…』
「九条」
『へ?』

この訳の分からない感情に名前を付けるとしたら、それはきっと「恐怖」だろう、と思った。

今まで誰も触れたことの無かった場所に、こいつはいとも簡単に手を伸ばしてくる。俺の意思なんか関係ない。いつの間にか入り込んで、染みついて、消えない痕を残していく。

そんなの、怖いに決まってる。

「九条」
『なんだよ』
「九条」
『…は、はい』

これ以上掻き回されたくない。自分で自分が分からなくなるなんて、恐怖以外の何物でもない。

だけど、こいつを傍に置いてやると決めたのも俺だ。好きにならせてみせろなんて大口を叩いたのも俺だ。

「…九条」

だから俺は、責任をとらなければならない。

『どうした?先生?』
「…」
『なんかあったの?』

一度口に出したことを撤回するとか、やっぱり嫌だからやめるとか、中途半端なことをするくらいなら、このまま進み続けた方が何百倍もマシだ。いくら怖くたって、今の俺には違う選択肢をとるなんてことは出来ない。選ぶべき道は今のところ一つしかないのだ。

「九条」
『さっきからなんだよ。言いたいことがあんならはっきり言えっての』
「宿題、もう一個出してやる」
『はぁ?いらねーよ!』
「黙って聞け」

電話を持つ手に自然と力が入った。先程まで気にならなかったが、冷房のついていない廊下は結構暑い。いつの間にか背中に汗が滲んでいる。

「夏休みが終わるまでにその金髪をどうにかしろ」
『えぇ…今の色気に入ってんだけど』
「お前だから誰も注意しないだけで、本来脱色や染髪は校則違反だぞ」
『せんぱつ?』
「…髪を染めること」
『なるほど。でも別に俺の髪が何色だろうと先生には関係なくね?今更校則守れ、なんて言うような奴じゃねーだろ、アンタ』

あるから言ってんだよこの間抜け。察しが悪い餓鬼は嫌いだ。

「そんな明るい頭してたら、目立つだろ」
『うん。まぁ』
「…目立つだろって言ってんだよ分かれクソが」
『なにキレてんだよ!?』

一目でそいつだと分かる金色。最早トレードマークと化している九条のその髪は、どう考えたって都合が悪い。

「だから、そんな明るい頭の奴と一緒にいると俺まで目立つだろうが!」
『え』

――隣を歩くことすら、落ち着いて出来やしない。

「手触りも悪い。痛みすぎだ馬鹿」
『あ、あの…』
「いいか。俺とお前はあくまでも教師と生徒なんだ。どうして他人に目をつけられたらやばいってことを予測できないんだ。その頭に詰まってる脳みそは飾りか?」
『ちょ、わ、分かったから』
「うるさい。お前は何にも分かってない。こんな簡単なことをわざわざ俺の口から言わせるな。能天気なのもいい加減にしろ」

溜まっていた鬱憤を晴らすように一気に畳みかける。こいつの馬鹿さ加減にはほとほと手を焼く。ちっとも進歩がない。

『…せ、せんせぇ!!』

答える隙を与えないまま喋り続けていると、突然九条が大きな声を出した。切羽詰ったような声だった。仕方なく口を閉じる。

『分かった、から…俺、ちゃんとその宿題やってくるから』
「…」
『だから、一個だけ聞いてもいいよな?勘違いじゃないって、確かめてもいいよな?』
「…なんだ」

どうせロクでもないことを質問するに違いない。

だけど、聞いてやる。どうせ拒んだって無駄なんだろ。

『俺と一緒にいることがバレたらやばいってことは、バレたくないってことで…つまり、先生は出来るだけ長く俺と一緒にいたい…って思ってくれてる、とか?』
「そこまでは言ってない。勝手に俺の気持ちを決めるな」

一緒にいたい、なんて一言も口に出してないだろうが。何勝手に俺がお前のこと好きみたいな言い方してんだ。調子に乗ってると殺すぞ。

『…そっか』
「おい、まさか笑ってんじゃねぇだろうな」
『いや、だってさ…あーくそ、めちゃくちゃ嬉しい』
「お前本当に気持ち悪い」
『いーよ。気持ち悪くても』

ムカつく。腹が立って仕方がない。だから言いたくなかったのに。どうしてこうなることを分かっていながら俺は。

『ちゃんとするから、先生の隣に居させて』
「…勝手にすれば」
『勝手にする』
「切るぞ」
『うん。またな』
「もうかけてくんな。鬱陶しいから」
『ひでぇー』

耳に響く笑い声がひどく煩わしくて、それ以上聞かずに済むように通話を切った。汗が首筋を伝う。

…俺はいつも、その場における最善の選択をしているつもりなのだが。どうしてか九条のこととなると何もかもが上滑りしている気がする。

選択肢を狭められている、と言うべきか。

思えば最初からそうだった。

喧嘩を売られたから買ってやった。生意気だから思い知らせてやろうとした。そうしたら何故か奴は俺を好きだと泣いた。仕方ないから傍にいることを許したら、今度は俺までおかしくなってしまった。

一つ、また一つと選んでいくうちにいつの間にか道はどんどん狭くなっていって、選ぶ余地すら奪われて、最終的に道は一本になっていく。そしてその道が繋がる先は、多分。

…いや、やめよう。これ以上考えるのは。考えたくない。

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