DOG | ナノ


▼ 02

九条の喜ぶ様子を頭の中で想像する。少し気分が悪くなった。違和感しかない。

…つーか、折角の休みにこんなくだらねぇことばっか考えるのって時間の無駄だろ。考えるべきことはもっと他にある。仕事のこととか、仕事のこととか、仕事のこととか。

「…ほら、できたぞ」

話を逸らすためにそう声をかける。頼むから気よ逸れろ。そんな俺の思惑通り、比菜は嬉しそうな声を上げた。

「わぁ、すごい!和真上手!」
「当然だ」
「写真撮って!写真!」
「分かったから落ち着け」

すぐ近くのテーブルにあったスマホを手に取ると、画面には着信があったことを知らせる通知が出ていた。多分姉だろう。もうすぐお昼時だ。そろそろ帰ってくるのかもしれない。構わずカメラアプリを起ち上げる。

「撮れた?」
「あぁ。これでいいか?」
「うん!ありがとう!」
「どーいたしまして」

十分満足したらしいので、写真を保存してから着信の通知を確認した。そして俺は固まった。

「……」

…登録していない番号。だけど見覚えのある番号。これは俺の勘違いでなければ、多分、いやきっと、いや絶対。百パーセントあいつの…。

「和真?どうしたの?」
「…ちょっと、待ってろ。すぐ戻ってくる」

着信はほんの十数分前のこと。一体どういうつもりだ。あのクソガキ何を考えてやがる。どうして折角の休み中にお前と電話をしなければならないのだ。

不思議そうな表情を浮かべる比菜を居間に残し、廊下に出た。比菜の前でいつものような汚い言葉を口にするわけにはいかない。教育に悪い。

苛々しながら画面をタップする。

「…」
『もしもしセンセー!?』

電話をかけて一コール目で繋がった。どんだけだよ。まさかスタンバイしてたんじゃねぇだろうな。気持ち悪すぎるだろ。

『あっ俺がさっき電話したの気づいてくれた?わざわざかけなおしてくれるとか優し…』
「死ねストーカー」
『はぁ!?意味わかんね!!なんでだよ!!』
「着拒すんぞ」
『何怒ってんの?』
「お前の声聞いたら苛々する。喋んな」
『…毎日罵られてマヒしてたけど、改めて聞くとやっぱアンタ相当ひでぇよな』
「うるさいドマゾ」
『俺はマゾじゃねぇ!!』

相変わらずうるさい。耳障りな大声に思わず電話を遠ざける。

『おい!聞いてんのかクソ教師!』
「うるさい。吠えるな駄犬。暑苦しい」
『誰のせいだ誰の!』
「…くだらない話はもういい。要件があるなら十文字以内で答えろ」
『えっ、十文字…えっと、えっと…こえがききたかったから?あ、一文字多い』

馬鹿かこいつは。本気にすんな。

「…はっきり言うぞ。気持ち悪い」
『そう言われると思った』
「なら電話なんかかけてくるな」
『今何してんの?』
「人の話を聞け」
『俺さぁ、毎日毎日すっげー暇でさ』
「お前のことなんかどうでもいいし、俺は暇じゃない」
『先生ってちゃんと会話できねーの?』

腸が煮えくり返るかと思った。殺すぞ。誰に向かってそんな口の利き方してんだ。しかもお前にだけは言われたくない。

怒りを抑えるために黙ったままでいると、九条はその間もべらべらと喋り続ける。このまま通話を切ってしまおうとしたが、どうせまたかけてくるんだろう。それならこの一回で終えてしまった方が楽だ。

『なぁ、今何してんだ』
「…はぁ…」
『なぁってば』
「うるせぇな。実家に帰ってるだけだよ」
『えっ、実家…』
「なんだよその反応は」
『いやアンタも人の子なんだなと思って…』
「切るぞ」
『ごめん!まじごめん!うそ!もうちょっとだけ話したい!』

切らないで、と焦る声がした。そういえば、以前こいつが風邪をひいたときも似たような会話をしたな、とふと思い出す。あのとき電話をかけたのは失敗だったかもしれない。そのせいでこいつに俺の番号が知られてしまった。今更後悔したところでもう遅いが。

「…話って、何」
『いや別に特に話題があるわけじゃないんだけど』

なんて時間の無駄なんだ。用がないならかけてくるな。お前にほいほい聞かせてやるほど俺の声は安くないんだよ。

電話口で舌打ちをするが、奴は意に介した様子もなかった。

『俺、今まで夏休みってだけでめちゃくちゃ嬉しかったんだよ。学校嫌いだったし。楽しくなかったし』
「あっそ」

果てしなくどうでもいい情報だ。

『宿題とかもやったことなかったし、でもそれでも誰も俺のこと怒んないの』
「理事長の息子だからな」
『はは、そーそー。別に許してもらえるなら、わざわざ面倒な勉強なんてやるわけなくね?』
「それは馬鹿の考え方だろ。勉強は誰かのためにやるもんじゃない。自分の問題だ」

そんなことも分からないから、お前はいつまで経っても馬鹿なんだよ。呆れたような口調でそう言うと、九条は電話の向こうで小さく笑った。

『あー…俺、夏休み嫌いになったの初めてかもしんねぇ』
「は?」
『長すぎるんだよ』
「贅沢なことを言うな。大人になったらそんな長い休みなんてそうそう…」
『先生に会いたい。先生が足りない。ずっと先生のことばっか考えてる』

…は?

咄嗟に返事ができず固まる。

何を言ってるんだ、こいつは。

『どーせきもいとか言うんだろ』
「…それを通り越して、もう言葉が出ないくらい呆れてるよ」
『だってさぁ!今まで毎日会ってたのに!考えらんねーよこんなん。寂しいじゃん』
「くだらない」

くだらない。本当にくだらない。

会いたいとか寂しいとかいう感情を、何故俺に抱く。答えの分かっている質問を心の中で繰り返した。

『くだらねーとか言うなよ。俺は本気だ』

分かってる。こいつが俺の声を聞きたいと電話してきたのも、俺に会いたいなどと世迷い事を吐くのも、理由は至ってシンプルなのだ。

俺のことが好きだから。

俺のことが好きだから、声が聞きたい。俺のことが好きだから、俺に会いたい。俺のことが好きだから、俺のことばかり考えている。

「…黙れクソガキ」

だけどそれはこいつに限った話であって、俺はこいつのことを好きではない。

じゃあ、どうすればいい。

俺が好きでもなんでもないお前のことばかりを頭に思い浮かべてしまう理由は、どうやって説明すればいい。

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