DOG | ナノ


▼ 01

夏休みというものがやってきた。とはいえそれは学生においての話であって、細かい仕事やら何やらで結局学校に来ている俺は、そんなものに浸る暇はない。

が、さすがにお盆ともなれば連休を満喫することができる。

『あんた、明日何時ごろ着く予定なの』
「あー…夕方、とか」
『悪いんだけど、昼前には来てくれない?』
「なんで」
『下の子が熱出しちゃって。病院に連れて行ってる間、上のチビを少しだけでも見ててもらおうって頼んだんけど、母さんも父さんも午前中仕事入っちゃってるみたいなの』
「いいけど」
『良かったー。お盆に開けてくれる病院って少ないのよね。助かった。埋め合わせはちゃんとするから』
「別にいい。そんくらいする」

毎年この時期になると実家に帰るのが常で、それは今年も例外ではなく。まぁ実家と言っても車で一時間くらいだ。遠方なら何かにつけて帰省することもあるかもしれないが、こうも中途半端な距離だと逆に帰らなくなってしまう。いつでも帰れるからいいか、というあれだ。

結婚して家を出た姉もこの時期は家族で帰ってくる。義兄は良くも悪くもおっとりしていて、気の強い姉とよく結婚生活を続けられるなと感心してしまうくらい、優しい人だ。彼らには子どもが二人いて、上が女の子、下は男の子。円満な家庭である。

「どうせ家いても暇なだけだし、仕事も今のところ立て込んでるわけじゃねぇし」
『色気のない生活ねぇ』
「うるせーよババア」
『あんただってもう30でしょ!』
「心はハタチだ」
『いい加減落ち着きなさいよ。いい人とかいないの?あんた仮にも長男なんだから』
「俺は結婚なんかしない」

あーあーまた始まった。別に両親が不仲だとか、家庭というものに対して悪いイメージがあるわけじゃない。姉夫婦を見ていてもまぁ幸せそうだなと思う。しかしそれが自分のこととなると話は違うわけで。

結婚?俺が?ありえない。なにがありえないって、自分が他人と生活を共にすることがだ。

自分のことは自分でできるし、自分のスペースというものに他人が入ってくるなんて絶対にごめんだ。俺は俺の生活がある。その領域に今まで何のつながりもなかったような存在に侵入されることが、どうしても嫌だった。

嫌だった、はずなのに。

以前、この家にたった一人だけ入ってきた人物がいる。その人物の顔がふと頭の中に浮かんできて、俺は眉間に皺を寄せた。

「…だからどうしてそこであのガキが出てくるんだっつの…」
『え?』
「なんでもない。じゃあ明日は早めに行くようにするから」

それ以上考えてはいけない。夏休み、いいじゃねぇか。最高じゃねぇか。アイツの顔を見なくて済む。

そんなことを思っていたら電話口で思わず舌打ちをしてしまった。当然ものすごく怒られた。うるさかったのでぶち切ってやった。



「和真、これやって」
「…こんなの母ちゃんにやってもらえよ」
「ママは下手だからいや」
「それ言ったら怒られるぞ」

姪が持ってきたのは、ヘアカタログとブラシ、それから飾りがついたヘアゴムだ。広げて見せられたページには、何やらややこしそうな髪型が載っている。

「和真にやってもらいたいの!」
「はいはい。じゃあ後ろ向け」

以前遊びでいろんな結び方をしてやったことを覚えているのか、たまに会うとなったらすぐにこれだ。まだ小学校低学年とはいえ、外見にこだわるところを見る限り、女はいくつになってもそう変わらないと思う。

「あのね、このページのこれがいい」
「分かった」
「できたら写真撮ってね。あとでパパとママに見せるの」
「わざわざ撮らなくても直接見せればいいだろ」
「だって、二人とも陽くんのことでいそがしいもん」

陽というのは今熱を出しているという姉夫婦の下の子だ。

「比菜」
「んー?」
「子どもはそういうの気にすんな。遠慮なんかしなくて良いんだよ」
「だめだよそんなの。比菜はお姉ちゃんだから、がまんしなきゃいけないの」
「んなことねぇよ」

お前のママは子どもの頃、姉らしく俺に気を遣って我慢なんてしてくれなかったってのに。パパに似て優しい子に育って良かったな。ママに似てたら将来が恐ろしいぞ。

「比菜は平気だよ。和真があそんでくれるし」
「そうか。じゃあ今日は俺がたくさん我侭聞いてやる」
「ほんと!?」

広げられたカタログを見ながら髪に梳く。子どもの髪はどうしてこんなに柔らかいのか。指の間を通り抜ける感触は、いつも触れているあの傷んだ金髪とは大違いで…。

「…」

だから、なんなんだよ俺は。なんでいちいちあんな奴を思い浮かべるんだ。とうとう頭が狂ったか。

反射的に舌打ちをすると、比菜がびくりと肩を震わせた。まずい。怖がらせた。

「…か、和真、怒った?比菜なんかした?」
「あ…違う。ごめんな。比菜に舌打ちしたわけじゃなくて、ただちょっとムカつく奴のことを思い出しただけなんだ」
「ムカつくやつ?」
「そう」
「けんかしたの?」

喧嘩なんかするような間柄じゃない。だがしかし純粋な子どもにこの爛れた関係の説明をするわけにもいかず、答えに戸惑う。

「比菜知ってる。けんか両成敗っていう言葉があるんだって。けんかしたときはごめんねって言えばいいんだよ」

なぜ俺が九条に謝罪せねばならんのだ。

「…俺は悪くないから謝らない」
「比菜はちゃんと友達とけんかしたらあやまるよ。和真は大人なのにあやまらないの?」
「大人にはいろいろ事情があるんだ」
「事情ってなに?」
「事情は事情だ」

いくら俺でも、姪は可愛い。というか正直目に入れても痛くないほどには可愛がっているつもりだ。だからその姪にこうして何故なんだと聞かれると、他の奴に言うように強く一蹴できない。

歯切れ悪く口ごもっていると、なんで、どうして、とさらに質問攻めにあう。この年頃の子どもはどうしてこう何でも聞きたがるのか。

「…俺は大人だけど、相手は子どもなんだよ」
「比菜より子ども?」
「あぁ、多分な」
「じゃあ、もっとだめだよ。小さい子にはやさしくしなきゃってパパが言ってたもん」
「…」

当たり前のことを当たり前のように注意されてしまった。

優しく?俺が?九条に?

そもそも優しいの定義って何だ。優しくするってどういうことだ。へらへら笑って頭撫でて、偉いな九条って褒めてやればいいわけ?そんなの俺じゃない。俺がすることじゃない。

…まぁ、あいつはそれで喜ぶかもしれないけれど。

prev / next

[ topmokuji ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -