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要するに、と俺は言った。
「俺にとっちゃお前の気持ちは他のどんな奴とも違う、特別なものだったってことだ」
「……よくわかんねぇよ。それって要するにって言うのかよ」
言うんだよ。お前の理解力に問題があるんだよ。
「もっと簡単な言葉で、俺にもわかるように言ってほしい、です」
九条は俺の手のひらの下でもう一度拳を握る。
「……仕方ねぇな」
俺は一度溜息を吐いた。理解してもらえないまま放置するのは言葉を扱う職業の人間としてはいかがなものか。国語教師の名が廃るのではないか。そんなに大した名ではないが。
「さっき告白されたって言ったろ?」
「うん」
「その子は決してふざけているわけでもなくて、本気で俺のことを好きになってくれたわけだ。でも俺は、本気のその気持ちを断らないといけなかった」
「なんで?」
「俺は絶対にその子のことを好きにならないからだ」
「絶対に?」
「絶対に」
「それは、俺がいるから?」
「そうだ」
それ以外に何がある。
「……本気で好きになってくれた相手に、自分も気持ちを返せないのは苦しいと思った」
「うん」
「でも、そこでふと気が付いた。俺はお前に告白されたときにはこんな気持ちにはならなかったと」
「……うん?」
「応えられない想いを向けられることが辛いのなら、お前の想いに辛さを感じなかった俺は、最初からお前の気持ちに少しは可能性を抱いてたんじゃないのかと」
九条が少し考えて、考えて、それからはっと理解したかのように顔を上げた。
「先生も、最初から俺が好きだった!?」
言い過ぎだ。
「最初からは好きじゃない」
「えー……」
でも。
「好きじゃなかったけど、特別だったとは思う」
「!」
「とまぁそういうことをつらつら考えてたら、無性にお前の顔が見たくなったわけだ」
「俺の顔……」
「なんで、とかまた聞くなよ。それこそ説明できるもんじゃないんだから」
俺自身にだって完全には理解できない。自分がこんな風になるだなんて、少し前の俺には予想できなかっただろう。少し前、ほんの数か月前ですら。
「……好きだから」
九条が俺の手を握り返し、一言そう呟いた。
「は?」
「好きだから、で十分だろ。理由なんて」
「うわっ」
突然強い力で腕ごと引っ張られ、俺と九条は勢いよく布団になだれこむ。
「いきなり引っ張……」
九条の唇が俺の唇を塞いで、それ以上何も言えなくなってしまった。
――こいつ。
「んん……っ」
負けっぱなしのようで悔しいので、覆い被さったまま口付けを深くする。九条の手がそろりそろりと背中に回ってくるのを感じた。
「せんせい……」
濡れた唇で俺を呼ぶ九条に、なんだか胸の奥がざわついた。
「……そうだな」
「え?」
「理由。お前の言ったので正解」
――好きだから、会いたくなった。
九条の言う通り、理由なんてそれで十分なのだ。
「ほんと?」
「ああ」
九条が笑う。ので、俺はまたその唇にキスをした。
「もう寝ろ」
「やだ。寝ない。先生といちゃいちゃする」
「気持ち悪い」
「ひでぇ」
「俺は仕事中だ」
「昨日は仕事中にあんなことしたくせに」
「うるさい」
「い、あ……っ」
がぶりと首筋に噛みつくと、九条は口から溜息のような声を漏らした。
「……お前、エロい声出すなよ」
「ち、ちがう、今のは」
「そんなに痛いのが好きかよ。変態マゾ野郎」
「だから違うって!いきなり噛むからびっくりしただけだろぉ!?」
ふん、どうだか。
ぎゃんぎゃんと威嚇する犬のように吠える九条の言葉を聞き流しながら、俺は再度首筋に歯を突き立てた。
*
「――…で」
普通寝るか。この状況で。
すうすうと俺の下で寝息を立てる九条を見て、ただただ呆れるばかりである。ひとしきり騒いで満足したのかもしれない。
ふっと口から笑い声が漏れる。このアホ面もそろそろ見慣れてきた頃ではあるが、なかなか何度見たって面白い。
「……」
柔らかそうな前髪が重力でさらりと流れ、無防備な額が露わになる。白い額の端、気づかないくらいの小さなニキビがあるのを発見して、やっぱり何故か胸がざわついた。さっきからなんなんだこれは。
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